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End of Summer and Lily ~ある文芸部の肖像

2018.09.22(Sat) | EDIT

(こちらはTeam Salvato制作のPCゲーム『Doki Doki Literature Club!』の二次創作小説です。本編のネタバレを含みます。ご注意ください)



サードアイ

私の柔らかい部分が、ナイフ越しに彼女の息遣いを感じ取る。
くすぐったい。
痛い。
でもいつもみたいに心は痛まない。むしろ甘い。カップケーキを頬張った時の、甘ったるい至福。
こんな抗いがたい快楽だなんて知らなかった。気持ち悪いと思っていた彼女の趣味が。
肌に刻み込まれ、内へ内へ入り込んでくる、彼女の狂気が。
彼女の言葉が、私の心を書き連ねる。
私は彼女と一つになる。
私が彼女に……
それでも、ひどく微かであるが奥底で叫んでいる。何が?
わからない。
わからない、恐怖が。
きっといつもと同じ、恐怖が。
気がつけば私は叫んでいた。
それよりも早く、目の前が真っ赤になった。
真っ赤な血は誰の血? 私じゃない、だったら誰が私の心をかき乱すの。
そうして……息絶えた彼女に私は圧し潰された。



act1'-1

「ナツキちゃんのせいじゃありません……私が失敗しただけです」
「何よあんた、私が謝ったのをなかったことにする気!?」
「いえそういうつもりじゃ……私は大した怪我じゃないですし……客観的に見て落ち度は」

 と言いかけたところでじっと下から睨みつけられては、声が出なくなる。
 先ほどまでは逆だった。彼女は上から見下ろしていた。その小さな身体を受け止めるでくのぼうを。愚図な私を心配そうに覗き込んで? いや、視線は散らばったマンガの方に向けられていたのだろう。
 私も見た。無残にも折り目がついてしまった彼女の愛読書を。手の届かない棚に置き換えられたのを不安定な台に乗って無理に取ろうとすれば、こうなるのも必然。そんなことすら予測できなかった未成熟な餓鬼よりもあの稚拙な絵本を救った方がよっぽど感謝されたに違いない。我が身より本が大事なのは理解できる感情だ。なのに――
 本当に愚図な私。自己嫌悪が口を塞ぐ。じんと響く鈍痛だけが慰め。はぁ、はぁ。

「本当に今日はツイてない、最悪な日。折角あんたがマンガを読んでくれるようになったのに、こんなの貸せないじゃない……」
「これくらい、気にしていませんよ」

 どうでもいい、というのが正直なところだ。彼女が読ませてくるマンガはあまりに起伏がなく登場人物の造型が浅く到底面白い物ではない。第一絵による直接的な表現に頼ったマンガと普段読んでいる比喩表現に富んだ小説とでは深度が比較にならない。
けれども、ノーとは言えない。
 一度彼女を受け止めた手で、今度こそ床の本を拾ってやる。
 ――本当のことを言って嫌われたくない。折角向こうから歩み寄ってくれているのに。ようやく初めての友達が出来そうなのに。

「ユリ、ナツキ、どうしたんだ? さっき大きな音がしたが」

 不意に声を掛けられる。振り返れば奴はいた。同じ制服を着た、けれど私達平の部員とは違って「部長」のあいつが。
 何でもないわ、とナツキは強がって言う。いつもの彼女の癖だ。すると部長はそろそろ始めようと一言、すぐに副部長が手を振る奥の机へと戻っていく。私達も渋々後を追った。

「おっナツキちゃんとユリちゃんも来た来た! 大丈夫だった?」

 副部長は大げさに目を丸くした。一見ちゃらんぽらんなようで部長よりはよっぽど気配りのできる女性だ。私はご心配なくと小声で返し、席に座る。
 いつもなら、その前にティーポットに手を掛けるところ――

「あれ、お茶を用意したの、あんたなのサヨリ?」
「えへへ~ユリちゃんのようには上手く淹れられないけど、ほら、いつもと違うことをやってみようって話だったし」
「それはいいけど私のお菓子、台無しにしないでよね」

 ナツキが手作りクッキーの袋詰めを投げると食い意地の張ったサヨリが頬張るのはいつものことだ。カップになみなみ入った茶の色だけ、微妙にくすんでいる。

「どんなものかお手並み拝見というわけね、ユリ」
「えっ……えぇ、そうですね」

 小粋な返しを咄嗟に思いつけず、私はありきたりな同意で締めた。それから考え込む――
 いつもと違うことをやってみる。それは四人揃って正式に文芸部が発足して、初の部長命令だった。具体的には読書家でない私以外の三人が小説を読み、私は普段読まないマンガを読んでその感想を述べあう、というもの。なんとも文芸部らしく、今の部長が来る前はいかに文芸部にあるまじき状態だったかがわかる活動方針である。
 別に副部長、いや元部長が文学に興味があるわけでなく、ただ「部を一から立ち上げてみたい」という浅ましい好奇心から誘ったのだとしても、そんなことはどうでも良かった。私は本が読めればそれでいい。クラスメイトに邪魔されずに。本は一人で読める。他の部員と打ち解けなくても――

「それでユリちゃんオススメのマルクス……? ええと」
「『マルコフの肖像』です」
「そうそうマルコフ! すっごく良かったよ! なんというか私にはよくわからないんだけど、ユリちゃん! って感じの本で」

 元気だけが取り柄の副部長、やはりというか感想がふわっとしていて要領を得ない。読んでも内容を読み取れていない、本当に読んだかも疑わしい。予想通りとはいえ落胆しないこともない。
 結局私の趣味は理解されることはないのだ。こんな茶番に邪魔されるくらいなら一人になりたい。

「そうそう、一々言い回しが回りくどくって難解ったらありゃしない。この作者は読ませる気あるのかしら! 私ならもっとわかりやすい言葉で伝えたいテーマを書くわ」
「ちょっと、待ってください!」

 続くナツキの追い討ちばかりは看過できない。思わず私は反論する。

「一見回りくどくとも複雑なテーマを表現するにあたって平易な言葉では削ぎ落とされてしまう物が多すぎるのです! それでは作者の意図も登場人物の心情も伝わってきませんよ。なのに読み取ろうとしないのは」
「何よ、読者が、私が馬鹿だって言いたいの!?」
「そ……そんなつもりじゃ……」

 そんなつもりでつい言ってしまった。彼女達を見下して、嫌われても当然のことを。取り繕えない放言。私の悪い癖で自分が嫌になる。もうナツキの真っ直ぐな瞳を見ることが出来なくなる。
 はぁ、と溜息一つ聞こえてから、

「まぁサヨリは馬鹿だけど、それでもこの主人公がユリにそっくりなのは読めてるじゃない」
「えっ? どこがですか? まさか四肢切断の部分が……」
「どういうことよ」

 思わぬナツキの指摘に動揺して、私はまた突拍子もない返答をしてしまった。気恥ずかしくて顔を背ける。

「そう、それ。一々何か言った後考え込んでくよくよ悩んだりするところがそっくりって。四肢切断って何? まさかネタバレじゃないでしょうね」

 なんだそういうことか、登場人物の猟奇性と同一視されたわけではないとわかって私は安堵する。
 逆に彼女がバツ悪そうに言葉を続けて、

「ごめん、まだ最後まで読めてないのよ。だからわかりにくいのかもね。多分後半で謎が明かされてアッと驚く仕掛けだとは思うから……でも『パフェガールズ』もそういう伏線が練られてるんだから、ユリも続き読んでよね!」

 だんだんいつもの調子に戻っていった後、ニカっと笑うナツキ。その後すぐかわいいとサヨリに抱き着かれて怪訝な顔をするのだけれど……ふと思ってしまった。私も彼女を抱きたい、と。
 彼女はちゃんと読んでくれている。厳しい批評もさればこそ。私の、愛読書に込めた思いを汲んでくれている。理解しようとしてくれている!
 すると斜に構えてマンガを読んできた己がひどく矮小で、恥じ入るばかりだった。

「ええ、必ず。明日には読み終えて感想を伝えますから」
「なんだかこの状況、すっごくかわいくない!? ねぇ」

 今度は私の方に飛びつきながら、副部長は部長の名を呼ぶ。二回呼んでようやく彼は顔を上げた――気怠そうにして。

「ん、ああそうだな。俺もそう思うぞ」
「あんた本当に聞いてたの?」
「ナツキちゃん聞いてひどいんだよ、昨日は夜遅くまでゲームしてて、本に目を通してないって言うの」
「はぁ? あんたが言い出しっぺでしょ! やる気あるの?」
「すまない、俺だって読みたいんだが……」
「じゃあ今! 本も開かず何書いてるのよさっきから!」

 ナツキが部長の右手首を掴んだ。彼のペンが転げ落ちて、床にぽとり。私がそれを拾っている間に言い訳が聞こえてくる。

「二人の会話を参考がてらメモを取っていたんだ。文芸部には書記がいないだろ? だから俺がやっておこうと」
「じゃあユリにやってもらえば? ねぇ」
「必要でしたら構いませんが……お返ししますね」

 変に飛び火して面倒だなと思いつつ、持ち主にペンを返した。彼は有難うと礼を言うが、たいした感慨もない。事務的なやりとり。
 ――最初に彼が入部してきた時は、幾許かのときめきを覚えた。けれどすぐに思い知る。彼は私を尊重していないことを。幼馴染の副部長と乳繰り合いたいだけの浅薄な人間だと。間に入り込む余地なんか、ない。
 この部長に比べたらナツキは部員をよく見てくれている。それも、愚鈍な私が気付くよりずっと前から――という「悟り」を得るきっかけになったことだけは、感謝すべきか。
 感想会はそれで終わって後は文化祭の準備のことで少し話し合ったら、窓の外が赤く染まっていたのでお開きとなった。
 例のごとく私がもたもたしている間に部長と副部長のアベックが教室を出ていく。仔細はわからないが、小さな暴君に追い出されたようにも聞こえた。なにしろナツキの声はよく通る。
 二人きりになるなり、その小さな小さな同胞が背伸びして、耳打ちした。また帰りに本屋に寄らないか、と。どことなく不安を隠せない、か細い声で。
 私は首を縦に振った。途端に彼女の顔がパッと明るくなる、沈みゆく太陽よりも。

「……何よ、どうしたのよユリ」

 それがいつもの仏頂面に代わって、ハッとして彼女の目線を追う。するととんでもないものが目に入った……どうしたことか、私の手が彼女の華奢な腕をがっしりと掴んでいるではないか、無意識の内に!
 慌てて放す。全身から汗を噴き出す。袖が捲れて、絶対に見せたくない領域まで見えそうだったのだから――

「違うんです、違うんです……手が勝手に」
「何なのもう! 別に、逃げたりしないわよ。私は。あんたがどんなにキモイ変態でもね」
「変態!? じゃないです!」
「あはは冗談よ」

 笑いながら、今度は彼女が私の腕を掴んだ。布で隠した傷跡の上から。私の体が跳ねる。心臓がバクバクする。恐ろしい。化けの皮が剥がされるのが、悍ましい自傷癖の女が明るみに出るのが!
 思いっきり振り払おうとするも――出来ない。私はメデューサに睨まれた。でも英雄なんかじゃない怪物だ。むしろ目の前の贄を飲み込みたくて仕方ない。渇望。同時に懲罰。同時に法悦。
 けれど最後には冷静。私はなるべく優しく彼女の手を振りほどく。

「……ごめんなさい」

 私が謝るより早く、彼女の口から発せられた。おそらく私は間抜けな顔できょとんとしただろう。されど続く小声を聞き逃しはしなかった。

「帰りたくない……一緒にいて……」
「ナツキちゃん?」

 先ほどよりずっと強い力で、彼女が私の腕を引っ張った。心まで引きずられる。

「ほら、ぼさっとしてないで行くわよ」

 強気な姿勢はハリボテに見えた。けれど私には、なすすべがなかった。


   ※※※※※


 黄昏時、通学路を外れたならどこか不穏な影が掛かる。
 澱む空気。私は緊張して何も言えずにいた。昨日もそうだった。先を行く小柄な少女を目で追うだけ――

「えっ?」

 が、いない。彼女が消えた。そんな馬鹿な! まさか、愛想を尽かされて置いてけぼりにされたのか。

「ユリ、あんた大丈夫?」
「ひゃっ!」

 横から小突かれ、思わず間抜けな声を出してしまった。なんだ、ナツキは隣にいる。なんという小悪魔だろう。

「な、ナツキちゃん……意地悪はやめてください」
「それはこっちの台詞よ。話しかけても無視して黙ってるんだから。どうせあんたのことだから本のことで頭がいっぱいだったんでしょうけど」
「……そうだったんですか、すみません……」

 考えていたとしたら別のことだが私は謝る。ナツキは怪訝な顔をしたまま話を続ける。

「ユリはさ、恋愛小説とか読む?」
「……ええと、急にどうしましたか?」
「質問を質問で返さないでよ。本屋に着く前に参考意見を聞いておこうと思っただけよ。一人の男の子に恋する女の子達の物語とかってどう?」

 私は言葉に詰まる――ああ嫌だ。逡巡。スマートに答えられない自分、彼女の趣向とは真逆なのを当たり障りなく伝えられず、傷つけるだろう自分が。けれど沈黙も然り。選べない。

「いいえ、私にはあまり共感できませんから……ファンタジーやミステリーでも男女の恋愛描写は決して少なくありませんが、むしろ」
「邪魔?」
「いえ、必ずしもそうではなく表現として必要不可欠な場合もありまして、例えば殺人の動機ですとか」
「ふーん」

 結局相手の機嫌を損ねてしまうのが常。ナツキの質問は暗に『パフェガールズ』の感触を聞き出そうとしているように思えた。

「あっ、でも作中の特定の人物に惹かれたり、ある意味本に恋しているかもしれません」

 焦って擁護しようとして明後日の方向を向く。流石に頓珍漢すぎて自分でもやってしまったと羞恥に塗れ、案の定ナツキはプッと噴き出す。

「あははは、あんた彼氏いっぱいいそうね。ラブレター書いてる?」
「なっ、そそそんなことは……違います! 私が書いているのはれっきとした文学で」
「へぇ、小説書いてるんだ? どんなに暗くてややこしいか、見せてもらえないかしら」
「そう言うナツキちゃんは自作ポエムを見せてくれないんですか? 私知ってますよ! 随分可愛い詩を書くそうですね」
「はぁ、サヨリがばらしたの? 絶対見せるわけないじゃないあんたなんかに!」
「どうしたんですかいつも自信満々なのに」
「ぐぬぬ、普段私はあなたとは違うんですって顔してるくせに、そっちが先に見せたら考えてやるわよ」
「うぅ……」

 どんどんボロを出して、後に引けなくなる。互いに。私は逢魔が時の空を仰ぐ。こんなつもりじゃなかったのに――
 確かに偉大な作家達を真似て書き物をしているが、到底それらに及ばない。人に見せていいものではない。過去に自分を晒しては痛い目を見てきた。痛みを快楽に変えるマゾヒズムな倒錯に目覚めるほどに。
 そして一層人から遠ざかっていく。なのに。どうして。
 このガキは迫ってくるんだ!

「……私が悪かったわよ。まだその時じゃない。わかってくれない人に読んでほしくないしね」

 ところが先に一歩下がったのはナツキの方だった。そこに私は見た。どことなく私と似た絶望感を。

「あんたの悪文を読むのはあんたお勧めの本を読んで慣れてからにするわ。あんたが私の勧めるマンガを読むのも時間かかりそうだし。その後だったら……見せてあげても」

 相変わらず高圧的だが、ナツキは顔を赤らめもじもじとする。つい突き放したくなってしまうがいけない。夏の太陽は歩み寄ってくれている。陰日向に咲く百合なんかの為に。だから――

「マンガくらいすぐ読めますから、もっとお薦めを教えてください。この先で」

 私も近づこう。
 ――その時だ。
 耳を劈く着信音が鳴り響いた。悪趣味なくらい可愛らしいメロディ。全くもって最悪のタイミングで、

「パパから……」

 ナツキの表情は日没して蒼くなる。心を闇夜に覆われて――

「本当に、とことん最悪。ごめん、寄り道はなかったことにして。すぐ帰らなくちゃいけないの。じゃあねユリ、また明日」

 一方的に捲し立てるなり背を向け、一目散に飛び出した。
 最悪だ。
 もっと話したいことがあったのに。
 もっとあなたを理解したいのに。
 もっとあなたと、もっと、もっと。
 ――波に攫われてしまえば余計欲しくなる、砂の城。

「また明日、ナツキちゃん」

 明日なんて、来ない。
 その時の私はつゆ知らず、ただ恋焦がれてしまった。



プレイ

第三の目で、第三の目を閉ざす。
そうすれば救えると思った。
けれど彼女は止まらない――そうだろう? ■■■。



ACT1'-2

 銀の刃を柔肌に添わせ、プツーっと切れ目を作る。見る見る赤く染まる白いキャンバス。慣れ親しんだ痛みが腕から全身駆け巡り、私の頭を冴えさせる。
 思い出させる、昨夜の興奮――ナツキから借りた『パフェガールズ』二巻以降の、平凡な日常が一人の少女の不幸を皮切りに崩れていく怒涛の展開に対する驚嘆は勿論のこと、ソレを好む彼女の内面を思っては切なくて、愛おしくて、何度も何度も己の恥部を慰めるほどだった。
 塞がって間もない傷口が真新しい切れ込みに連鎖して次々と開く。そんな夜通し激しい状態にあったのだから日中常に思考に靄が掛かっていた。授業内容は少しも思い出せない。こんな調子では折角の放課後を寝過ごしかねない。だから茨姫は自ら傷つき目を覚ます。

「はぁーっ、はぁーっ、こんなこと……」

 蛇口を思いっきりひねって血を洗い流せば、ハッキリ醜い腕が見える。冷ややかで鋭い感触が自己嫌悪を刺激した。
 一体いつまでこんな、人に見せられないものばかり重ねるのか。
 ――それでも、彼女なら。ナツキちゃんなら認めてくれるかもしれない。
 淡い希望。まやかしだと警告するもう一人の自分。でももう止められない。今まで持てずにいた自信が溢れ出てきて足を進ませる。部室へ。彼女の下へ。
 ナイフが鞄に仕舞われているのを、傷跡が袖に隠れているのを何度も確かめながら、ようやく――
 今、扉を開く。
 待ちわびた時間。いつもと同じ空間のはずなのに――いや、違う。中の空気に触れるなり、私は違和感を覚え辺りを見回す。
すると副部長の赤いリボンに遮られた。

「こんにちはユリちゃん!」
「……サヨリちゃんこんにちは」

 反射的に挨拶を交わすが目線を外して周りを見る。奥の机に向かっている部長、彼はいい。探すのは、ふんぞり返る小柄な女の子だ。定位置のマンガ棚には姿がない。ならどこに?
 おかしい。いないはずない。

「ナツキちゃんはまだ来てないよ。てっきりユリちゃんと一緒だと思ったんだけど……」

 再び邪魔な副部長が視界に入る。それは私の台詞だ。ナツキと一緒に過ごす未来を幾重にも思い描いていたのに、文芸部に来ない? おかしい、おかしな事態に思わず笑いそうになる。

「ああ、ナツキなら帰ったぞ」

 困惑する部員達に向かって、部長が回答した。

「どうしてですか?」

 私の疑問は即座だった。彼は振り返るも、追及の眼差しを逸らして言う。

「さぁ、体調が悪かったんじゃないのか」
「そう、ナツキちゃんが言ったんですか? 本当に?」
「いや……ただ早めに帰りたいって」
「文芸部に顔を出さずに? ありえません」

 納得できない。だって彼女は言ってたじゃないか、帰りたくないと。また明日と。いつかどこかでこうも聞いた――自分には安らげる場所がそう多くない、文芸部くらいしかない、と。

「おかしいと思いませんか? どうして引き留めなかったんですか? あなたそれでも部長ですか? 相応しくありません。サヨリちゃんには荷が重いと代わってやったのかもしれませんが、だったら私が引き受けましょうか? もう一つ提案があります。あなた退部を考えたことはありますか? あなたの精神衛生に役立つんではないですか」
「ユリちゃん、ちょっと言いすぎじゃないかな……」

 我を忘れて捲し立てる私と部長の間にサヨリが割って入る。彼氏を庇い立てる気か! 一瞬感情が沸騰しそうになったが、いつも元気な彼女の悲しげな顔を見ては急速に冷めた。
 ああ、またやってしまったらしい。
 いつもこうだ。私は項垂れる。傷口が疼く。素の激情を見せて友達を失うばかりの、愚かしい自分への罰を求めて。

「私もナツキちゃんが心配だけど……きっと私達に言いたくなかった事情があるんだよ。そっとしてほしい時は誰にでもあるから……」

 サヨリの言葉にハッとする。妙なデジャブ。すぐに昨晩読んだ『パフェガールズ』の一場面だと思い当たった。ドジなギャグ要員のミノリがその実ピエロを演じ続けることに苦悩していたことが判明し、けれど勘付いた憧れの男性をそう言って遠ざけてしまうのだ。
 あのキャラクターと重なるのはサヨリか、ナツキか――いや私もだ。曝け出し難い暗部を抱えこんでいるのは。

「だから落ち着かないで慌てるよりいつも通り過ごすのが……ナツキちゃんの、ユリちゃんの為だよ! ねっ」

 気持ちはわかる。サヨリが私まで気遣ってくれているのも察する。だからひとまず納得はする……けれどやはり気が気で仕方ない。
 本を語り合う相手もいないので文化祭の打ち合わせだけ済ますなり私も校舎を後にした。


   ※※※※※


 今まで一人が当たり前だった。
 無味乾燥とした帰路。お供は本と美しいナイフ。これこそがいつもの私――なのにどうしてしまったの?
 あれから一体何度ナツキにメールを送っただろう。帰宅してなおますます。一通ごとに返信を待つ時間が短くなった。半ば躍起になっていた自覚はある……けど止められない。
 暗澹たる部屋の中で、最後に残った一欠片の理性が私を押しとどめていた。慰めていた。いつも通りの自分に戻ろうと狂いに狂った。
 ――でも、彼女が戻らないとしたら?
 結局彼女は答えてくれない。私は無我夢中で飛び出した。
 夜の深い深い闇に飲み込まれ、同化する。こんなにも積極的な自分自身への違和感も消えていく。
 全て彼女のお陰。あのちっぽけな存在がこんなにも私を揺さぶる。どうしてなんて問い、最早意味がない。彼女の目に魅入られては。
 月明りを浴びて煌めく銀のナイフ。人肌を求める衝動は、初めてにしてはあまりに容易く突き動かした。



オールノウ

私は全てを知っていた。
あなたが気付いているようで何も知らないことも。
第三の目が見せるものは歪み捻じれていることも。
私だけは知っている。
けど。
私には何も出来ない。何も。



ACT1'-3

 日付が回る。回転する車輪。住宅街は灯りを消して静まり返る。闇に紛れる。けれど見逃せぬ悪魔の城。
 比較的豪邸とはいえ無警戒。二度目となれば侵入も容易。見られたとしても気にするものか。私は自転車を止め、籠からはみ出した斧を放り投げる。後に続いて壁を飛び越す。
 息は絶え絶えで今にも倒れそう。けれど彼女に比べればどれほどマシか。気が気で仕方ない。斧の柄を握る手に力が入る。嗚呼、最初から用意しておけば――
 足早と私は庭の倉庫前に来た。頑丈な扉には数時間前の切り傷が刻まれている。ナイフでは開けられなかった。けれど斧ならば錠を叩き割れるはず。
 期待と苛立ちを込めて思いっきり振り下ろす。真夜中響く金属音。そして叫ぶ、彼女の悲鳴。

「ごめんなさいごめんなさい良い子にするからごめんなさい!」

 相変わらず中のナツキは勘違いしていた。私のことを「パパ」と、娘を閉じ込めた豚野郎と――許せない。許せない。でもあと少しの辛抱、断ち切ってやる。振るう。凶器。狂気。
 とうとう執念が勝利した。壊れた扉を開く。
 吐瀉物と排泄物が混じった据えた臭い。窒息しそうな重々しい空気。様々な厄が飛び出すパンドラの箱に残すは、いつにもまして華奢な希望だった。

「きゃああああああああああ!」
「ナツキちゃん、私です! ユリです!」
「ひぃ!」

 精一杯自己主張するもナツキは怯えたまま。目を閉じ、自身の絶叫に掻き消されて声も聞こえないらしい。
 ようやく彼女が目を開けた時、私は慌てて斧を捨てた。その物騒な金属音が逆効果で相手を一層恐怖させてしまう。埒が明かずつい強引に相手を倉庫から引っ張り出そうというのも裏目に出て、盛大な抵抗を受ける羽目となる。
 取っ組み合う。軋む小屋。とはいえ体格差で私に分があるし、何より驚くほど相手が弱々しかった。そうしてやっと、ナツキは気付いた。

「ユリ……? なんで、どうしてあんたが家に」
「助けに来ました。もう大丈夫です! 私の背中に」
「いや……私汚い……」
「気にしませんから」
「やめてよ……」

 そう言いつつ最早無抵抗、衰弱した彼女はどうしようもなく担がれた。
 そのあまりの軽さに私は泣きそうになる。おそらく昨日からずっと閉じ込められていて絶食状態にあったのだろう、ただでさえ発育不足なのに。それも幼い頃からかくの如き仕打ちを受けているせいなのだと、容易に想像できて胸糞悪くなった。

「どうして……どうしてお菓子、独り占めしないんですか!」
「ごめんなさい」
「あっ……すみませんナツキちゃんは何も悪くありませんから」

 つい責めるような言い方をしてしまって自己嫌悪する。だが言わずにはいられなかった。他人を慮って自己犠牲に生きる彼女に。
もう、そんなのはおしまいだ。これからは私が彼女にカップケーキを作ってやる。守ってみせる。永遠に。ずっと隣で――


   ※※※※※


「ここは……?」
「良かった、目が覚めましたか。ここは私の部屋です」
「ユリ? なんで」
「ゆっくり休んでください、お構いなく。ちょっと待ってください、お粥持ってきますから」

 ナツキをベッドに横たえたまま、私は自室を出た。一階のキッチンまで降りてレトルト粥の封を切って深めの皿に注ぎ、素早くレンジに押し込む。一分二十秒の待ち時間すら今はもどかしい。
 用意したトレイに乗せて駆け戻る。自分の部屋を開けた瞬間、小さなナツキの体がビクッと跳ねた。物音に驚いたらしい。

「私ですよ。ユリです」

 宥めるように言ってやる。けれど無理もないとも思えた。私の部屋はあの倉庫と大差ない物々しさであるように――
 四方八方を棚に囲まれた要塞。窓から差し込む光を遮り本を守る。備えられるのは大量の蔵書のみならず、全国から集めたナイフコレクションもだ。怪しく煌めいている。
 私にとっては惚れ惚れするほど美しい空間だが、傍から見ればテロリストの武器庫でしかない。両親も気味悪がって近づかない。二階には一家の物置と私の「物置」しかないのはそういう理由だった。
 彼女はベッドに腰かけてこちらを見ている。顔色が優れない。食事を摂れば多少元気が戻るといいのだけれど。
 テーブルにトレイを置いて、私は手招く。するとナツキは立って――横を通り過ぎようとした。ふらふらとしながらドアノブに手を掛けようとしている。慌てて掴み止める。

「どこへ行く気ですか? そんな状態で。オートミールの方が良かったですか?」

 振り返るナツキ。キョトンとした表情を浮かべながら、

「まさか、私を気遣ってるの? あんたが? 嬉しいけど……悪いわ。帰る」

 私の手を振りほどこうとする。駄目だ、絶対離せない。

「いけません、どうして!」
「じゃないとパパに殺される」
「意味がわかりません。頭いかれてるのですか? あなたを虐める親と暮らす必要がどこにありますか?」
「ユリ……他に選択肢なんてない。ないのよ。そうでしょ」

 抵抗して暴れる少女。だがかなしいかな、栄養失調のナツキに体格の良い私が押さえられないはずがない。
 さめざめと彼女は泣く。けれどもう抑えられない、私は私自身の昏い欲望を。

「わかりました。私が選びます。ここにいてください。あなたの世話は私が責任もってしますから。だからずっと……そうだ、文芸部なんて辞めてやりましょう! そうすればずっと一緒にいられますし! ずっと、永遠に」
「冗談じゃないわ……どうしちゃったのあんた、いつものユリじゃないわ」
「いつもの私? こうですよ。元々こんなものです。腕の夥しい傷跡を見せましょうか?」

 自分でもどうかしてるとは思う。ここまで自分を曝け出せるのは。普通言い出せない。けれど彼女の目を見ればどんなアロマより強い催眠に掛かったみたいに、だから彼女だけは、彼女だけになら――

「あなたなら本当の私を受け入れてくれると思った。もう自分の思いを抑えられない! 性別なんて関係ありません。私の鼓動の高鳴りを聞いてください、これが全てです。好きです。私と付き合ってください」

 言った! 言ってしまった! 興奮のあまり絶頂。粘膜の執着は帰結。世界が止まったかのような感覚。錯覚。それをすぐに自覚する。ポカンと口を開けるナツキを見て。

「嘘でしょ……ユリ、私をそんな目で見てたの……友達、じゃないの?」

 彼女の困惑が答えだった。一瞬で私は冷静さを取り戻す。ああ、またやってしまった。もう終わりだ。力なく相手を放す。

「そうよ、ずっと友達になりたいと思ってた……眺めてた……つい胸をワンカップ盛ってるかどうかまで、ね。でもこれってまさか、まさかなの?」

 だが彼女の戸惑いは私の想定と違った。今度はナツキの方から抱きかかってくる。息が上気して荒い。温かい。私の心臓に吹きかかり、再び噴き上がる。
 爛々と輝く瞳に釘付けにされる。ナツキの目に殺されてしまう!

「ユリと同じ、恋なの?」

 そうだと即肯定する自信など私にはない。ただ答えが出るのを待つ。
 彼女の上目遣いが甘い麻薬。魅入られて身動きできない。紅潮する頬は愛の囁きを予感させる。
 ――というのは甘い考え。

気が変わったわ

 唐突に、突き飛ばされた。あまりに突拍子もなくて私は崩れる。どうして? 瞬く間に頭を疑問符が埋め尽くす。
 ナツキの目が、見えない。

帰る。すべて忘れるからいつも通りに戻って

 彼女は平然と見下ろして、言い放つ。私はもう顔も見れない。何も見えない。真っ暗になる。
 床に転がる凶器。狂気。
 ――嗚呼、全くもってどうかしている。

「あは、あははは……」

 私は愛すべきナイフを拾い、その場で自分の胸を刺した。衝動のままに。
 一体、どこで間違えた?
 いや、きっと最初から、結末を選べなかったのだ。百合である限り――真っ赤な花を咲かす以外の、結末を。



ハウリング

お日様は私を照らしてくれた。
でもそのせいで私の友達を失った。
私なんか存在しなければ良かった。
消えてしまえ。



ACT2'-n

 朧げな記憶にもかかわらず迷いなく部室を目指したのは、最近ある「悟り」があったせいだ。
 未来視、とでも言えばいいのだろうか。それは予言めいたものだった――
 幼馴染の不幸。
 彼女に関わる全員の不幸。
 そんな結末を書き換える、術。
 この世界がどういう風に出来ているか、大体わかってしまった。
 だから、俺は筆を執ることにした。皆を幸せにする為に。
 ――その結果、どれだけの惨劇を生むとは思いもよらずに。

(to be continued...?)





というわけでドハマりしているドキドキ文芸部ことDoki Doki Literature Club!の二次SSを書いてみました。強火のナツユリ百合百合です。
ユリちゃんはすごく書きやすいですね……陰の者だから共感しやすくて……普段モニカモニカ言ってる割に作中モニカが出てこないですが、そこはまぁ一つ仕掛けがありまして。
今作はひぐらしでいうところの出題編で、種明かしと更なるドキドキ展開の二周目以降を含めて一冊の本を出そうと考えています。タイミング的には来年一月の洋ゲーオンリーになるでしょうか……
というのもまず紙媒体だからこそ出来るギミックを思いついたのが執筆の発端なんですよね。DDLCはPCゲームだからこその表現を駆使しているので普通に本家みたいな演出がやりたかったらMODが最適なんですが。「文芸部」だけに本を作るのもアリかなと。蟻。
そんなこんなでDoki Doki Literature Club!一周年及びモニカ誕生日おめでとう! 記念でした。
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