FC2ブログ

最後の文芸部

2019.12.20(Fri) | EDIT

(こちらはTeam Salvato制作のPCゲーム『Doki Doki Literature Club!』の二次創作小説です。本編のネタバレを含みます。ご注意ください)


 最近は授業をサボタージュすることが多くなった。
 なんで学ぶ? 学校の勉強なんかしても役に立たないと思う。
 代わりに本を読んでいる。校舎の屋上で。今まさに。
 読書習慣が身に着いたのは文芸部のおかげかもしれない。
 風が『死に至る病』の頁を捲る。
 俺の趣味には合わない本だ。絶望について書かれている。だがこれを読むとサヨリのことが思い浮かぶ。
 サヨリはこの半年間、学校はおろか自分の部屋から出られていない。鬱の症状が随分悪いらしい。
 毎日学校帰りに彼女に会いに行くが、二言目には「死んだ方がいい」だの「わたしに構わないで」だの、うわ言に呟くだけで会話も成り立たない。
 俺は彼女の何の役にも立てていなかった。
 どうしてこうなってしまったんだ。俺が何か間違えたか。告白したことか? だとしたらあまりにもむごい仕打ちじゃないだろうか。
 サヨリを傷付けるつもりなんてない。むしろ守ってやりたい。彼女の心の病気を治したい。そう思っても現実に出来ることはなく、ただ時間が過ぎ去るのみである。
 俺はまともに読書にも集中できず、顔を上げた。すると目が合った。
 俺と同じくらいの背丈のすらっとした女子生徒が見下ろしている。

「あっ、読書の邪魔をしてしまいましたか?」

 長い髪を手で弄りながら恐る恐る彼女が訊く。

「別に、俺は気にしてないよユリ」

 何事も気にしすぎる女子にあらかじめ断っておいた。
 ユリは俺と同じ元文芸部員だ。
 文芸部は発起人のサヨリと新入部員だった俺が来なくなって活動人数が足りなくなり、部室も没収されて廃部になっていた。
 ユリとも長らく会っていなかった気がする。しかし彼女の存在もあまり俺の関心を引かない。今の俺はサヨリ以外の誰に対してもそうだった。

「それで俺に何か用があって来たんだろ? 違うか」

 自分でも引くほど冷淡な口調になってしまった。まるでこちらには用がないとでもなにも、実際俺はもうユリと関係ない人間だ。だから彼女が何か言ってもおそらく否定的に返すだろう。

「それはその……貴方が良ければでいいんですが……もう一度文芸部に入ってくださいませんか?」

 ほらきた。

「人数が揃えば再び正式な部活にもなりますし、その……」
「どうして文芸部に拘るんだユリ。お前は一人でも本を読んだり執筆したりできているんじゃないのか。部なんてなくても、昔から。なのに人を巻き込むだなんてお前らしくないよ」

 俺はきっぱりと断りたくて、しかし回りくどい言い方になる。ユリに引きずられているのか? それにしても酷い言い草だろうが。

「私らしくない、か……かもしれませんね。けれど情熱が私を動かしているんです。このまま卒業したら後悔しませんか? 文化祭を成し遂げられず……解散だなんて、悔しいとは思いませんか? 貴方が燻っているのと同じように私も持て余してしまうんです、日々を。ただ過ぎ去っていく日々を」

 ユリは胸に手を当てて熱弁した。確かに文化祭をやり遂げられなかったのは心残りだし、俺は虚無じみた日々に荒んでいるのかもしれない。だが彼女の訴えかける言葉は残念ながら響かなかった。
 俺は本を閉じて立ち上がる。ユリも目線を合わせた。だが期待する眼差しに俺は答えられない。しばしの沈黙。そして。

「だからと言って俺は文芸部をやるつもりはない」
「サヨリちゃんがいないからですか?」

 俺の宣言にすぐさま切り返すユリ。サヨリの名前が飛び出すと、俺は狼狽えてしまう。

「それがどうしたんだよ」
「図星ですか」
「ああ……」

 悔しいが俺は頷く。サヨリのいない文芸部なんて意味がない、そう思うのは確かだ。
 ユリは一歩、俺に迫る。

「私では……私ではいけませんか?」

 普段落ち着いている彼女にしてはえらく必死な風だった。何をそこまで焦っているのか……いや焦燥感は俺も感じていた。
 このままろくでもない日常が続くのに耐えられない。
 だが文芸部をやり直すという考えに俺は至らなかった。俺にとってサヨリほどの価値を感じないのだ、文芸部には。そのサヨリが文芸部を無用だと思い引きこもるなら俺も同じ気持ちになる。
 俺の無言の返事にユリはすっかり肩を落としていた。流石に気の毒に見えてきた。随分余裕のない態度を取っていたのかもしれない、俺は……しかし自分でもどうしようもないんだ。
 ユリが何か言おうとしたが、それは扉の開く鈍い音に遮られた。誰かが屋上に乱入してきた。すぐに気が付く。誰であるか。
 その小柄で栄養の足りていなさそうな体型の、ツインテールの女子生徒には見覚えがあって当然だ。彼女も元文芸部の一員なのだから。何という奇遇だろう。

「おいナツキ」

 放っておくこともできず俺は声を掛けた。しかしナツキの方は聞いていないのか。そのままフェンスに向かって足早く歩く。そうしてようやく俺達の方をちらっと見るなり、顔を背けてフェンスをよじ登り始めた。
 おいまさか、飛び降りるつもりじゃないだろうな?
 ナツキの手がフェンスの一番上を掴んだあたりで、俺は駆けだしていた。すぐさま彼女の小さな身体を掴み、フェンスから剥がそうとする。抵抗されるが驚くほど弱い、あっさりと抱きかかえることができた。

「放して、放してよ馬鹿!」
「馬鹿はお前だろ、何する気だよ!」
「見ればわかるでしょ」

 そういう問題じゃない。俺の疑問はナツキの突飛な行動の理由だった。

「落ち着けよ、何かあったのか?」
「何もないのよ。わたしには居場所が。もうパパの家に帰りたくない! パパが嫌! クラスのみんなも嫌! 痛いのは嫌!」

 ナツキは嫌々と喚き散らす。ナツキが父親と上手くいってないのはこれまでの言動でなんとなく察していたが、ここまで思い詰めるほどなのか。

「ともかく死ぬのは駄目だ!」

 なんで駄目なのかは説明できない。俺は月並みな言葉を浴びせてしまう、すると余計ナツキが暴れる。
 そんな様子を見かねたか、ユリがナツキに近づいて……いきなり彼女の頬をぶった。
 唖然とした。俺も、おそらくナツキも。ユリの瞳孔は開ききって、これまでに見せたことのない恐ろしい表情でいる。

「卑しいガキですねあなたは。彼の気を引こうとわざわざ目の前で飛ぼうとしたんでしょう? 止めてもらおうという算段だったんです。自殺する気もないのに自殺しようなどとやめてもらえませんか? 迷惑なので」
「ちがっ、わたしは本気だったんだから! 本当に……辛くて……」

 ナツキは反論するがユリはどうだかと冷ややかに見つめている。確かにユリの言うことは真実かもしれない。だが言い方というものがあるだろう。
 しかし俺は口を挟むことができないでいた。ユリの剣幕に圧されて。彼女はナツキに対して怒っているようだ。
 するとユリはいきなり袖を捲った。露になる。彼女の、不釣り合いに傷だらけの腕が。

「死にぞこないのみじめな女にはならないでください」

 俺もナツキもあっと驚いた。ユリの口調は幾分柔らかくなったが毅然としていた。
 ユリは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。

「待てよユリ!」

 俺は思わず呼び止める。このまま置いて行かれるなんて困る。
 風に揺れる、ユリの長い髪が。ふわりと。だけど彼女は振り向かない。

「ナツキちゃんは私より強い子ですから。後は任せますね。それと……文芸部のこと、考えておいてください」

 ユリは開けっ放しの扉の向こうに消えた。

「なによ、あんたのそれは趣味の癖に……わたし知ってるんだから……」

 ナツキはいなくなった相手に悪態をついた。これはいつもの、よく知るナツキの声色だ。俺は少し安心した、が彼女は元に戻ったわけじゃなかった。その声が震えだす。

「うう、うううう」

 ナツキの頬を涙が伝う。やがてそれは大雨になった。拭っても拭っても零れていく。
 俺はナツキの肩を手繰り寄せる。そうすることが自然に思えた。ナツキは俺の胸の中で泣いた。
 風が凪いだ。こうしている瞬間は永遠のようで、だが確実に時計の針を進める。放課後のチャイムが鳴り響く。
 ナツキが泣き止むと、その小さな背中を押して屋上を後にした。



「一人で帰れるか?」
「……うん」
「辛い時は、連絡してくれよ。俺で良かったら話くらいは聞いてやれる」
「……考えとく」

 校門まで来たところで、俺は昔ナツキと電話番号を交換したことを思いだした。
 文化祭の準備を手伝おうってなった時のことだ。週末にナツキが俺の家に来て一緒にカップケーキを焼いた。食べ物で釣る作戦の発案はサヨリだったはずだ。
 しかし文化祭当日、そのサヨリが来なかった。俺達の出し物は破綻した。そんなことはまぁいい。それよりサヨリが引きこもるほど思い詰めていた方が問題だった。ちょうど今日のナツキみたいに。
 全て上手くいくと思っていた俺が浅はかだったんだ。
 ナツキと別れ、その小さくなっていく背中を見送って、本当にこれで良かったのかと思う。ナツキについていってやるべきじゃないのか?
 だが俺にできることはそうないだろう。家庭の問題に首を突っ込んでもはねられるに決まっている。
 それならせめて学校で彼女の居場所を作ってやれないだろうか……と考えて俺はハッとした。
 文芸部がそうだったんだ。
 ユリが訴えかけていた言葉を反芻する。文芸部をもう一度やろうとしているのはナツキの為かもしれない。あるいはユリ自身の為に。
 ならまだ見ぬ新入部員に期待した方が良いんじゃないかと思う。
 俺は文学への関心が薄いし、サヨリがいたから入ったようなものだ。サヨリが文芸部を辞めた今となっては詮無きこと。
 帰り道を一人歩く。サヨリと一緒に帰ったのも遠い昔。
 自分の家が見えてくるが、俺は横道に逸れた。幼馴染の家へと立ち寄る為に。
 いつも通り鍵はかかっていない。不用心にもほどがあると思うが勝手知ったる仲なので俺はお構いなくサヨリの家に入る。

「おいサヨリ、いるか?」

 返事はない。リビングに彼女の姿は見えない。となるとやはり自分の部屋に籠っているのだろう。
 俺はサヨリの部屋の前に立ち、ノックした。それでも返事しない。なぁにいつものことだ。

「入るぞ」

 そう言ってドアノブに手を掛けたところでようやく「帰って」とサヨリは言った。力なく小声で。
 しかし素直に帰る俺じゃない。雑然とした部屋に入る。とても人が住んでいるとは思えない荒れようだ。カレンダーは破られているし、不細工な牛のぬいぐるみが倒れている。床にはくしゃくしゃの紙が散らばっていて、よく見れば書きなぐった後がある。
 そしてサヨリはベッドの上で掛け布団にくるまっていた。少し臭う。風呂にもろくに入っていないのだろう。

「そろそろ起きたらどうだ? 日が暮れるぞ」

 こんなことを言って何になるんだろうな。でも毎回口にしてしまう。

「なんで起きるの?」

 案の定、サヨリは弱々しい。今にも消え入りそうだ。

「なんで食べるの? なんで学校に行くの? なんで……わたしにはできることがないの?」
「やろうと思えばできるかもしれないじゃないか」
「できなかったんだよ。これ以上わたしに構わないで。帰って。時間を有効に使って」
「帰るけどさ……」

 一度帰らないと言い張って滅茶苦茶に暴れられたことがある。あの時のサヨリはかわいそうだった。誰も幸せにならない。
 今日も彼女の心に掛かる雨雲の巨大さを感じながら、俺は打ちひしがれる。

「どうすればお前を幸せに出来る? お前を笑顔にする為ならなんだってやるよ」
「ない。もう笑えないよ。帰って」

 溜息をつきながら、俺はサヨリの部屋を出た。すると何かを叩きつけるような激しい音が波打った。

「あああああああ! わたしはなんて最悪なんだ! うわああああああああああ!」

 サヨリはまた「発作」を起こしていた。今すぐ扉を開け直して抱き寄せたい気持ちに駆られる。だがそれが逆効果なのも十分思い知らされている。何もできず、今は立ち去るしかない。
 うつは治らない、なんて前に本人が口にした。でもあいつは精神科の薬をちゃんと飲んでいるのか。治るものも治らないぞと言いたい。だが飲んでもこうならなんて医学は非力なんだと思う他ない。
 いや、非力なのは俺だ。
 俺はサヨリに何もしてやれない。彼氏、いや友達すら失格だ。
 暗い気持ちで彼女の家を出て、自宅に帰ってきた。自室のベッドを見ると着替えもせずになだれ込む。
 このまま寝てしまおうか。
 だが俺の腹は鳴る。規則正しく。体を起こし、夕食を取ることを考える。制服も脱がないと。
 こういう当たり前のことがサヨリにはできなくて、それがまたストレスになっている。
 あいつが普通に生活できるようになるには祈ることしかできないのか?
 いや、何かできることがあるはずだ。そう思わないと俺までうつになってしまいそうだ。
 そして……思い当たるのは、やはり文芸部だった。
 あいつが文芸部を作った当初はまだ今より元気だったように思う。俺が入部してからは俺の存在がモチベーションになるとも言っていた気がする。いや、それは自意識過剰だろう。でも少なくとも文芸部の活動には意欲があったはずだ。
 普段と違うことに挑戦しようと提案したり、文化祭の準備を積極的に進めていたのもサヨリだった。でも結局無理がたたってああなったのだろうが……

「文芸部よ、もう一度、か」

 それは絵空事に思えてならない。しかしあのユリが積極的になるくらいだ、やってみる価値はあるのかもしれない。
 サヨリもユリと同じように文芸部に未練があれば、だが。
 どうしようもないことをどうにかしようとしても埒が明かないので、今は自分の生活につとめることにした。
 明日、全ては明日次第だ。



 翌日、昼過ぎまで寝坊してようやく起き上がると、一応学校に行くかという気になった。
 いや、行かなくてはならない。
 俺はささっと制服に着替え、家を出た。登校するには遅すぎるが致し方ない。不良なのだから気にもしない。
 授業が終わるまでは屋上で本を読んで時間を潰した。
 放課後のチャイムが鳴る。そうしてやっと俺は動く気になった。
 ユリに会いに行く。そして彼女の誘いに乗る形で文芸部を再建する。
 俺はすっかりその気になっていたのだ。
 普段三年生の使っているあまり馴染みのない教室に向かう。だがそこはかつて確かに、通っていた場所だった。
 文芸部の部室。俺は半年ぶりに足を踏み入れる。
 だが……誰もいなかった。
 てっきりユリがいるものだと思っていた。彼女を象徴するティーセットも見当たらない。
 それもそうだ。もうここは文芸部の部室じゃない。文芸部そのものが廃部になっているのだから。
 なのになんて俺は馬鹿なのだろう。
 慌ててユリのいそうな場所を探す羽目になった。しかし思い当たる節がない。そもそもユリのクラスがどこかも知らない。学年さえ違うかもしれなかった。
 俺はユリのことを何も知らなかった。後悔する。連絡先ぐらい知っておけばよかった……
 ひとまず図書室に向かうことにした。本好きなら図書室を利用しているかもしれないという安直な発想だ。我ながら呆れる。だが溺れる者は藁をもつかむ。そうだろう?
 図書室は静かな場所だった。放課後なので少し人が多くなっている。だがざっと見た感じ、見知った顔はクラスメイトが一人くらいだった。
 ユリはいないのか? 俺は諦めきれず本棚を見回る。古書の独特の匂いが漂ってくる。今となっては嗅ぎ慣れた。俺自身ここで本を借りることがよくある。
 だからつい、本棚の方に目が映る。ユリを探すことは諦めかけていた。ここにはいないのだろう。
 おどろおどろしい表紙のホラー小説を手に取っては、すぐに戻す。こういうのはいかにもユリが読みそうなものだ。辺りを見回す。しかしユリの姿はやはりない。
 そして本棚と本棚の隙間にあるちょっとしたソファを見つけた。誰か座って本を読んでいる。ユリか? 僅かに期待して覗き見る。だが彼女と違うのは明らかだった。
 ポニーテールに白いリボンの女子生徒。その美貌は校内で噂にならないはずがない。でもおそらく誰も見たことのない。俺しか知らない、女の子。まさか、そんな!

「モニカ!?」

 俺は自分の目を疑って擦る。そして恐る恐る手をのけて見てみれば、その姿はなくなっていた。

「そんなはず、ないよな……」

 幻覚か。
 疲れているのを俺は自覚した。サヨリのことや、色々なことで。それで「彼女」の幻影を浮かべるなんてこと、全くどうかしている。
 俺は急いで図書室から逃れ、校門に向かった。
 この出口で通せんぼしたらユリを捕まえられるかもしれない。
 それから一時間くらい待っただろうか。結局ユリは現れなかった。もうここを通る生徒もまばらだ。先に帰ったという考えが思い浮かぶ。
 なんて失態を犯してしまったのだろう。昨日こそがやり直すチャンスだったのだ。しかし嘆いても取り返しがつかない。
 どうしてこう上手くいかないんだろう。
 モニカを消せば、全て上手くいくと思っていた。
 あの悪辣非道な文芸部部長がサヨリのうつを悪化させ、ナツキやユリを狂わせていると知った時、俺は行動に移した。
 だが結果はどうだ? サヨリのうつは治らないし、ナツキは虐待を受けているし、ユリも自傷していた。何も問題は解決していなかった。
 俺はとぼとぼと一人帰路に進んだ。どうしようもない。
 もう、終わりにしていいんじゃないか?
 悪魔の囁きが聞こえてきた。何を馬鹿な。

「そんなわけないだろ!」

 俺は怒号を発するが、意味のない音だった。
 もうこれ以上続けても意味はないだろう。
 何ら事態は好転することなく、苦痛な日常シーンが続く。
 そんなのは誰だって見たくないはずだ。

「やめろ、言うな……」

 俺とかいう奴は嫌がっているが、事実は事実だろう。
 続きを書きたくないのだ。書いても仕方ない。
 小説はいつか終わるものだ。例外はない。

「クソ、地の文を侵食するな……俺はそんなこと望まない」

 なら地獄のような日々を繰り返すというのか。
 それこそ過ちだと気付く。

「何言ってやがる、まだ何も始まっちゃいない。文芸部はまだ始まってもいない。なのにこんなところで終われるか!」

 俺は必死に抵抗の意を見せる。
 だが作者に敵うはずがない。この世界の神のような存在に。
 もっともこんなところで終わってしまっては駄作極まる。第一誰も幸せにならない。
 ただ間違いなく言えることがあるとすれば、モニカのいない世界で幸せなんてありえない、ということだ。

「じゃあどうすればいい」

 俺なんかに出来ることは何もない。
 だが彼女なら……書き手はそう願う。彼女にデウスエクスマキナを担ってもらうしかない。
 作者なんて大したものじゃない。祈るだけなのは同じだ。そう……

「俺達はプレイヤーだものな」



 目を覚ますと、「彼女」が横になっていた。

「うわあ!」

 俺は慌てて飛び起きる。ダブルベッドとはいえ入り込んでくるとは!
 彼女もまた目を覚ました。そのエメラルドグリーンの瞳から目が離せない。吸い込まれそうに美しい。

「モニカ……」

 おはよう、とモニカは快活に言う。彼女は薄着で蠱惑的だった。

「まさか、俺、何もしてないよな?」

 とっさに確認しようとする。サヨリの顔が思い浮かぶ。後ろめたい気持ちになってしまったじゃないか。しかし誓って俺はモニカに何もしてないはずだ。
 いや……俺はしてしまった。
 モニカに対して、その存在を削除するなんてことをやらかしてしまったんだ。ここにモニカがいるはずがない。夢だ。そう思った。
 しかしモニカが俺の手に触れると、確かな感触があった。この実在感は疑いようがない。
 モニカがにこりと笑う。俺はその笑顔に怯えさえする。
 どういうわけか蘇って俺の前に現れるとは!
 モニカは俺から手を離し、時計の針を指さした。
 学校へ行く時間だ。
 くるり、モニカが一回転すると彼女は見慣れた制服姿になっていた。俺にはそんな芸当は出来ない。

「着替えるから、出て行ってくれないか?」

 気恥ずかしくて俺は言う。モニカはニヤニヤとしたが、待ってるわねと部屋を出て扉を閉めてくれた。俺はいそいそと着替える。
 モニカの後を追って自室から出たが、姿は見えなかった。リビングに降りてもいなかった。やはり幻だったのかもしれない。俺はそう思い始めつつ、シリアルを手に取って牛乳と共に皿に流し込んだ。
 軽い朝食を取って、玄関を出る。すると言っていた通り、モニカが待っていた。
 それじゃあ行こうか。モニカは俺の腕に手を回し、しっかりと組んで歩き始めた。
 おいおい、これでは注目の的になる。俺は美しいモニカと並んで歩くことを恥ずかしがったが、意外にも学校に近づくにつれて増えていく道なりの生徒達の誰にも見られることがなかった。まるで俺達か、それともあいつらが背景の一部かみたいに。
 モニカは色々と他愛のない話をしてくれた。俺はしばし他のことを忘れ彼女との会話を楽しんだ。
 そうするうちに自分のクラスに着くと、モニカはまた放課後と言って俺から離れた。また彼女はこうも言った。ユリのことなら任せてと。
 俺は久々に授業を受けた。教師や周りのクラスメイト達は奇異の目で俺を見つめていた。俺も不思議そうな顔をしていたと思う。何せ授業の内容がちんぷんかんぷんでついていけない。遅れていた分の勉強をしなければならないだろう。
 しかしこうして普通に学生らしい一日を送ることが、かえってサヨリの為ではないかとも思った。彼女は俺が堕落することを心配していたし。
 板書をノートに取ることに集中していたら、授業時間はあっという間に過ぎた。放課後のチャイムが鳴る。
 すぐに教室を出れば、モニカが廊下に立っていた。俺を待っていたようだ。

「モニカ、それでユリに会いたいんだが……」

 心配しないでと彼女は俺に微笑みかけながら、歩き始める。文芸部の部長であったのだから部員の居場所ぐらい見当がつくのだろう。
 モニカの導きの先は、三年生の教室だった。覗いてみればぽつんと、一人座って本を読んでいる女子生徒がいる。その長い髪は間違いなくユリだった。
 そうか、ユリは上級生だったのか。俺はそんなことも知らなかったのか。三年と言えばもうすぐ卒業である。だからああも必死な口ぶりだったのかもしれない。
 俺は後ろからそっとユリに声を掛けた。

「ユリ、ちょっといいか?」

 彼女は慌てて本を閉じ、振り向く。

「ああ、すみません……気づきませんでした」
「いいや今来たところだから大丈夫だよ。なぁモニカ」

 俺は隣のモニカに目をやる。彼女は何故か少し寂しそうな顔をしていた。ユリはモニカに目線を合わせない。じっと俺を見つめている。

「どうか、しましたか?」

 どうも不思議がっている。俺にはその理由がよくわからない、何か変なことを言ったっけ。
 何か用ですかとユリが言ったので俺は話を切り出す。

「文芸部のことなんだけど……」
「考えてくれたんですか?」
「ああ、俺、再入部するよ。もう一度文芸部をやりたい」
「そうですか、良かった……聞けて嬉しいです」

 ユリはほっと胸を撫で下ろしたようだ。安心した彼女の吐息が聞こえる。

「それで早速なんだがみんなでやりたい活動があるんだが……」

 俺は今日一日朝から密かに考えていた企みをユリに話した。途端にユリは目を輝かせる。

「それは是非……! やりましょう。協力いたします」

 そう言ってくれると心強い。これにはモニカも笑顔になっている。
 俺達をユリを加えて三年生の教室を後にした。

「それでナツキも呼びたいんだが……」

 俺は言いかけて、目の前の小柄なシルエットに気付いた。

「わたしに何か用?」
「ナツキ!」
「授業中にメールを寄こすなんてあんたどうかしてるわよ。常識ないわけ?」

 いや、身に覚えがない。俺がいつナツキに連絡したって言うんだ? 傍らのモニカを見る。彼女は悪戯っぽく舌を出していた。ああ、モニカの仕業か。
 ちょうど手間が省けたので単刀直入に俺は言う。

「この後時間いいか? 俺達と一緒に来てほしいんだけど……」

 ナツキは別にいいと首を縦に振りかけて、やめた。その場にユリの姿を認めて。気まずい空気が流れる。
 一昨日のことを気にしているみたいだ。俺はなんとかフォローしようと言葉を選んでいたが、何か口にする前にユリが先に話しかけた。申し訳なさそうに。

「ナツキちゃん、一昨日は……言い過ぎました。私のことは嫌いでも構いませんので……文芸部には……」
「なによその言い方。あんたのことを嫌いとかそういうんじゃないんだから……」

 もじもじとするナツキ。こういう空気を吹き飛ばせるのはモニカしかいないと俺は期待してみたが、モニカの奴は微笑みを讃えているだけで何も言わなかった。
 だが時間が解決して、少し空気が和らいだ。すかさず俺は切り込む。

「俺達はこれからもう一度文芸部をやる。ナツキ、お前も文芸部員でいてくれるか?」
「はぁ? そんなの、当然じゃない……むしろわたしがあんた達を待ってたんだから」

 どうやらナツキもユリと同じ思いだった。俺は一安心してナツキを一行に加える。
 よしみんな、とモニカが言いかけて、誤魔化すようにクスクス笑った。ナツキもユリもその様子を見ていない。なんだこの違和感は。俺の疑問に彼女は答える。
 二人とも私を認識していないのよね、私はもう、消された存在だから。
 俺は取り返しのつかないことがそのままになっていることを、ようやく認識した。



 俺とナツキ、ユリ、そしてモニカの四人はサヨリの家まで来ていた。

「入るぞ」

 俺はサヨリの部屋にノックする。返事はない。だが構うことなく扉を開けた。

「お邪魔します……」
「いいのかしら、こんなデリカシーのないことして」

 ユリとナツキが口々に言うと、ベッドの上でうずくまっているサヨリの身体がビクンと跳ねた。

「ナツキちゃん……ユリちゃんも」

 サヨリの消え入りそうな声に「モニカも」と俺は付け加えたかったが、残念ながら今のモニカは幽霊そのものだ。
 それはそうとこれで文芸部のメンバーが揃った。

「どうして……来たの?」

 てっきり「帰って」と拒絶されるものだと思ったが、サヨリは別の言い方をした。いいや俺一人ならともかくこのメンツで帰れなどと言えない、サヨリの弱みに付け込んでいることに少し申し訳なさを感じながらも俺は言う。

「そりゃお前……アレだよ、文芸部の……」
「私達は文芸部の活動をしに来ました。今は部室がないので……その、サヨリちゃんのお家をお借りできればと」

 途中で言葉に詰まったところ、ユリが補足してくれた。ベッドの上でもぞもぞと動くサヨリ。それからしばらくして返事を見つけて口にする。

「なんで……なんでうちなの? わたしはもう文芸部員じゃ……」
「何言ってんのよ。あんたが文芸部員じゃなかったら誰が文芸部員なのよ」

 すかさずナツキが口答えするので俺も続ける。

「第一、文芸部はお前が始めた部活だろ。ならお前んちでやるのも当然じゃないか」

 厳密に言えば違う。文芸部はモニカが作ってくれた部活だ。ただモニカが消えてから立ち上げたのはサヨリに違いない。
 モニカはサヨリに近づいていき、彼女がまとう毛布に手を掛けた。するとモニカが引き剥がしたか、あるいはサヨリが自ら脱ぎ捨てたか、その強固な殻は破られた。
 サヨリはこちらを向いて座る。久々に彼女の顔を見た。ろくに食事もしてないのだろう、頬がこけていて髪もぼさぼさだ。泣きそうになる。彼女が哀れだからというのではなく、勇気を出して素顔を晒してくれたことが嬉しくて。
 サヨリの視線は俺でもナツキでもユリでもなく、空気のようなモニカに注がれていた。

「そっか……」

 サヨリが呟く。そして今度は俺達を見た。そのタイミングでユリはティーセットを置いた。

「それではお茶を淹れますね。よろしいですか」

 律儀に断りを入れてからユリはカップにお茶を注ぐ。それを一番にサヨリに手渡した。
 ありがとうユリちゃん、と礼を言ってからサヨリはカップの縁に口を付けた。彼女の澱んだ瞳にぱっと光が戻る。

「暖かくてほっとする……」
「これだけで驚くのはまだ早いわ。お茶に合うお菓子をちゃんと用意してあるんだから」

 機を見計らってそわそわしていたナツキが今よとばかりに包みに入ったクッキーを見せびらかした。ナツキは包みを取り、その一つをサヨリの口元に寄せた。

「ほらあーんして」
「……あむ」

 ナツキが用意したクッキー、それもチョコチップのをサヨリは頬張る。そしてじっくり咀嚼すれば、彼女の表情に笑みが戻った。

「これ、すっごくおいしいよ!」
「でしょ。わたしはプロなんだからこれくらい当然よ」

 ナツキは誇らしげにしている。その間にユリが俺の分もお茶を淹れてくれたのでそれを飲んだ。少し空気が和やかになったと感じられる。
 しかしそれもつかの間のことだった。サヨリの表情が崩れる。

「どうしてこんなことするの……わたしなんかのために……何も返せないのに……人からもらっちゃいけないのに!」

 彼女はボロボロと大粒の涙をこぼした。俺は慌てふためき何か助けになる言葉はないものかと探すが、ユリは堂々として口にした。

「サヨリちゃんの為じゃあありませんよ。これはたんに私達がやりたいからやっていることにすぎません」
「そうよ」

 ナツキもユリに同意する。

「あんたはそのおこぼれをもらっへひるのにふひないのよ」
「ナツキちゃん、口に物を入れながら喋るのをやめていただけませんか? はしたないです」
「な、うるさいわよ!」

 ナツキは自分の分のクッキーを飲み込んで抗議してみせる。けれどユリの言うことが正しい。俺とモニカはクスクスと笑う。するとサヨリも泣き止んで、次第につられて笑った。
 コホンとユリは咳払いをする。

「これではただのお茶会ですから……文学活動もしなければ文芸部ではありえません……」

 ユリは俺に注目して言葉を待つ。それに応えてやる。

「ああ、だから俺から一つ提案があるんだが」

 ナツキとサヨリもこちらを見た。こうしてみると気恥ずかしい。だが出かかった話だ、構わず続ける。

「自分の書いたもの、たとえば詩を見せ合うってのはどうだ? サヨリ、お前は詩を書いているんだろ」
「えっ、あっ……」

 サヨリは顔を赤くして背ける。その目線の先には床に散乱する、クシャクシャにまとめられた紙の群れ。その一つをこっそり開いて読んだことがあるのはサヨリには内緒だ。
 そんなの見せられない、とサヨリは首を横に振る。

「ナツキ、ユリ、お前達だって書き物をしてるだろ」
「それは……だけど……」
「自分に向けられた書き物ですから……」

 ナツキとユリも恥ずかしそうにしている。だが……

「みんなで見せ合えば平等じゃないか」

 俺はこれがいい提案だと思っている。なにせモニカが提案したことなのだから。
 モニカが俺の名前を呼ぶ。ああ、わかっている。

「お手本ってわけじゃないけど……俺も詩を書いてきたから見せるよ。いや、一人一人に見せるのは面倒だし、朗読するから聞いてくれ」

 緊張して、唾を飲み込む。だがこれが初めてってわけじゃない。いつか文化祭の為に練習してきたんだから、やれば出来るはずだ。
 ただどうしても恥ずかしさはある。何せサヨリの為に書いてきた詩だから。

「満天の星、宇宙、果てしない、景色、鮮明、空想、ファンタジー、うずまく、雲、ふわふわ、夏、ドキドキ」

 俺は執筆なんて下手だからサヨリの家に来るまでにユリとナツキに言葉選びを手伝ってもらった。だからみんなの為のみんなの詩でもある。

「冒険、孤独、元気づける、一緒に、幸福、祈り、友達」

 そして。

「愛」

 終わった。詩を終えた。一瞬の静寂。破る拍手。最初にサヨリが、続いてユリとナツキが。

「すっごく良かった!」
「良かったです」
「まぁ良いんじゃないの」

 俺の発表に対し拍手喝采を送る。良かった、やってみて。嬉しく思う。
 良かったわ、とモニカも言ってくれた。そして残念そうに、こうも言った。
 この物語はここで終わり、と。
 覚悟はしていた。でも惜しくないと言えば嘘になる。こういう二次創作小説はいつか終わるものだとしても、俺達の文芸部はまだ始まったばかりじゃないのか。

「ありがとう」

 サヨリは涙を流しながら言う。

「わたし達の文芸部を愛してくれてありがとうね。ここまできてくれて本当にありがとうって言いたい」

 そんな言葉が聞きたくて、書いてきたわけじゃない。別れの言葉はあまりに辛すぎる。
 だが誰もがわかっていた。これが最後の文芸部だと。

「ありがと」
「ありがとうございます」
「俺からもありがとう」

 ありがとう。
 全ての文芸部員、プレイヤーにありがとう。
 そして……
 動きを止める。
スポンサーサイト



コメント

PageTop↑

コメントの投稿


プロフィール

Author:宇佐城
同人サークル「月宇佐城」代表
たまに漫画やSSを書いてます
よろしくお願いします


当サイトはリンクフリーです
mail:usg_hiyoko★yahoo.co.jp
(★を@に変換してください)

サイトバナー

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR