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ユリ新生

2019.10.12(Sat) | EDIT

(こちらはTeam Salvato制作のPCゲーム『Doki Doki Literature Club!』の二次創作小説です。本編のネタバレを含みます。ご注意ください)


「はぁーっ、はぁーっ」

 息が荒くなるのを抑えられない。
 白い素肌のか細い枝のような腕に銀色の刃をあてがう。
 胸がドキドキする。
 私はこれから、死ぬんだ。
 そう思うと何かしら過去の情景が浮かんでくるものだが、なにも思い出せない。きっと未練がないのだろう。
 私はいなくなってもいい存在。
 生きながらにして幽霊。
 それが亡霊になるだけだ。
 力強く、美しいナイフを握る。
 そして――



 ズタズタにされた本が、私の目の前にあった。
 ほんの少しトイレで離席した間にこうなってしまった。
 どうして?
 わなわなと机に置かれた頁の切れ端を手に取る。
 本当に愛読書だったのに。
 何度も読み返しては楽しんだ小説だった。
 物語のヒーローが私に愛を教えてくれた。
 私には本しかなかったのに。
 クスクスと笑い声が木霊する。
 同級生の声だ。
 どうして?
 私がみじめな思いをするのがそんなに楽しいの?
 取り囲まれていた。嘲笑に。
 中にはあいつもいる。いつも私をいじめてくる、名前も呼びたくないあいつが。
 私は視線を本から移した。

「あなたがやったんでしょう」

 そいつは矛先を向けられて、はぁと怪訝な返事をした。

「言いがかりはやめてよ。証拠でもあるの?」
「そんな、あなたはいつも私に意地悪だから。最悪な性格がその笑みににじみ出ていますよ。わかりませんか?」
「そ、それを言いがかりって言うのよコイツ!」

 そいつは私の机を蹴る。それに当たって私はよろめいて、尻餅をついてしまった。クラスメイト達が私を見下す。
 負けたくない。

「反論できずに手を出したのは証拠ではないんですか? あなた達って人としての良識に欠けていますね」
「調子に乗るんじゃあないよ生意気!」
「何の騒ぎか」

 その時私達の担任――やや年の取った眼鏡の男性教諭――が教室に入ってきた。
 そして私、じゃなくて私の本を見下ろして言った。

「ひどいもんだな、どういうことだね」
「先生、ユリが突然キレて自分の本を滅茶苦茶にしたんですぅ」

 あいつがそんなことを言った。違う。私を見下すな。
 私は立ち上がり、きっぱりと言った。

「違います。彼女たちにやられたんです。私は被害者です」
「証拠はあるのか?」

 その瞬間、全身の気が抜けて立っていられなくなりそうだった。
 証拠は?
 先生まで同じことを言い出すなんて。
 同じ、なんだ。
 いじめっ子と同じ。
 私の味方なんて、この世に誰一人もいない。
 そう思うと悔しくも涙が出てきた。

「うっ、うぅ……」

 学校になんていられない。私は乱暴に荷物をまとめ、その場から逃げ出した。



「どうしてなの、ユリ」

 事情をきちんと話した上で、母に問われてしまった。詰られているとも言える。私の早退に対してあからさまに失望していた。
 私はもう答える口を持たない。全ての希望は失われた。
 父が帰ってきたなら、同じように私を詰問するだろう。

「そうやって黙りこくっても解決しないでしょう」

 じゃあどうすればいいのか。思うに私は余計な口が多い。あまりにもハッキリとした物言いなので同級生から嫌われるんだ、きっと。

「学校には私から言っておくから」

 それが余計ややこしくするのは目に見えた。けれど私はそう言う気力もなくしていた。
 もうどうにでもなれ。
 その代わり、私は別のことを考えていた。
 死についてだ。
 日頃から考えてはいた。でもいつも考えるに留まっていた。
 今は普段より身近に感じられる。
 死のう。生きていても仕方ない。
 永久に孤独の中生きられるわけがない。
 四面楚歌を思い知った。
 死ぬとしたら今日という日だ。
 母は埒が明かないと私の拘束をひとまず解いた。そして夕飯の支度を始める。私はこっそり父の部屋を経由して、風呂場に向かった。
 一糸纏わぬ姿となり、風呂の扉を閉めてソレをじっと見た。
 父の部屋から持ち出した、柄に装飾の施されたナイフだ。
 父は所謂蒐集家で、由縁があると言っては骨董品を買っていた。これもその内の一つで大事にしていたのを知っている。
 そんなものを勝手に動かしたと知ったらどんな顔をされるか、恐ろしくてたまらない。
 持ち出す時も、そして今この瞬間も、両親に見られているのではないかと気が気でなかった。
 私は常に親の監視の下で育ったからだ。
 そういうわけで自分でも意識しないうちに随分大人しい、手のかからない、良い子になろうとしてきた。
 そうしていると父と母が安心を与えてくれる――
 でも今はただ息苦しいだけだ。
 幼い頃からきっと、私の救いは本だけだった。
 でもあんなことになってしまって。
 私はもう生きてはいけない。
 前に読んだことがある。入浴中に手首を切ると出血で死ぬらしい。
 それを試したくて仕方なかった。
 電車に飛び込んだりするよりは綺麗に死ねるはずだろう。
 白い素肌のか細い枝のような腕に銀色の刃をあてがう。

「はぁーっ、はぁーっ」

 息が荒くなるのを抑えられない。
 心臓がバクバクと音を立てる。
 でも今更やめられない。
 私は歯を食いしばり、そっと手首に切れ込みを入れた。
 私の中の赤い液体がどっと噴き出す。
 ――痛い。

「痛い、痛い、痛い!」

 思わず声を上げてしまった。
 こんなに痛いなんて。思えば初めての痛みだ。今まで怪我の一つもしたことない。
 外で同年代の子と駆け回って膝を擦りむいたりなんて、なかった。父に殴られたことだって勿論ない。
 でもこれが痛みなんだ。初めてでもわかる。目がチカチカする。意識が薄れそうだ。
 そして私は痛みの先にある、何かに触れた。
 抑えがたい解放感。裸なのにさらに一皮向けたような感じ。重い鎖を外されたような気分。
 これは、気持ちいいの?
 そんなはずはない。痛いのに気持ちがいいなんて。でも私はどうしようもなく快楽に浸されてしまった。精密機械の脳がバグってしまったかのようだ。
 体が熱い。血に染まって肌が赤く発熱する。この悦楽は、もしかしてエクスタシー? 本で読んだことがあるけど特に股が疼いているように思えた。気のせい? 錯覚? でも興奮しているの。
 脳内麻薬の分泌で私はおかしくなりそうだった。
 そして私の痛さと気持ち良さの狭間で、度し難い執着が生まれていた。
 生きたい。
 こんなに気持ちいいことがあるのに、死にたくない。
 生きてもっと法悦に浸りたい。
 こうしてはいられないと私は急いで風呂を出た。そしてだくだくと血の流れる腕をタオルで抑える。このタオルは後で人知れず処分しなくては。
 そして意識するのは――明らかにイケナイことをしたという罪だった。
 こんなこと、誰にも言えやしない。
 両親にも当然。
 すると早々出来ないことだ。急速に体が重くなったように感じられた。
 けれどもう何もないと思っていた人生に燈がついたのも、確かだった。
 本当に小さな燈だ。
 けれどこの快楽の為なら日々を耐えられる。
 この解放感を手放せはしない。



 父と母が、海の向こうへと旅立った。
 父の会社が事業拡大に上手くいって、父は海外の拠点をしばらく任されることになった。
 この件について、母は最後まで私も連れていくことに必死だった。
 でも私はきっぱりと断った。行かない、と。
 ちょうど私が高校に入学したばかりなのもあって、最終的に父が説得してくれた。

「ユリももうすぐ大人になる、どうせ三年で戻ってくる予定だし、自立を促すのが良いんじゃないか」

 何かそんなことを言っていたような気がする。だが私には関係ない。
 ジェット機の中に消えていく両親の背中を見送って、私はほくそ笑んだ。
 これで気兼ねなく、自分の腕を切り刻むことができるもの。
 帰りの電車に乗っている時も、ずっとそのことを考えていた。家に着くなり私は父の部屋から愛用のナイフを持ち出した。
 そうだ、自分のナイフも欲しい。刃物は美しく、愛おしい。

「ハァーッ、ハァーッ」

 まだする前なのに、興奮を抑えきれない。
 ふと私は思い立って、初めて切った時に包んだタオルを机の引き出しから取り出した。
 私にとってこれは、聖骸布。
 私を復活せしめた象徴。
 それに今一度、血だまりを作る。
 いつか、完全に赤に染め上げた時やっと、捨てよう。
 私の頭を幸福が満たす。
 今が最高に気分がいい。
 だって私を抑圧するものがもう、ないでしょう?





というわけでドキドキ文芸部ことDoki Doki Literature Club!の二次SSです。
今回はユリちゃんって何者なんだろうと彼女のパーソナルな部分の考察を元に書いてみました。思うに最初からああじゃなくて育った環境がユリという人物、あの趣味を形成していったんじゃないかと。
とても他人とは思えないところがありますね……ユリちゃん。まぁ自分は自傷行為に耽りませんが。
マルコフの肖像とか意味深で謎の多い彼女ですが自分のSSが理解を深めるきっかけになればいいなと思います。
それではまた何か思いついたら書きます。
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コメント

グッピー #-

読ませていただきました
面白く興味深かったです
元々ユリは世間慣れしてないし友達もいなそうなイメージだったのでこういう背景だろうなと私もおもいます
プレイした時ボンヤリ思った事が形をなして書かれているとても不思議で面白いSSでした
よくユリというキャラクターの行動原理や心理描写を納得がいくように巧に描写できていてよいと思います
これからも応援してます

2019.10.29(Tue) 21:51 | URL | EDIT

宇佐城 #-

Re: タイトルなし

感想有難うございます。
ユリっていったいどういう存在なんだというのを聞いて自分なりに彼女について書いてみました
面白く読めたなら幸いです。

2019.10.30(Wed) 00:27 | URL | EDIT

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プロフィール

Author:宇佐城
同人サークル「月宇佐城」代表
たまに漫画やSSを書いてます
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