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ドキドキゾンビパニック

2019.09.01(Sun) | EDIT

(こちらはTeam Salvato制作のPCゲーム『Doki Doki Literature Club!』の二次創作小説です。残酷な描写を含みます。ご注意ください)


 彼が幼馴染を起こしに来たのは初めてだった。
 いつもは交差点で待っているか、待ちきれずに登校するのにどうした風の吹き回しか。もっとも彼女の家を訪れることは珍しくはない。鍵も持っている。
 幼馴染の遠慮のなさで彼は家に上がる。ゆらゆらと揺れながら。

「サヨリ……サヨリ……」

 呼吸が荒い。幼馴染を求めて彼は部屋の扉にもたれかかる。
 そして、扉を開けた。
 いたいけな少女が眠る様を、血走った眼が見つめる。

「サヨリ……お前が……」



 雨が降り続いていた。
 ざあざあと煩い雨音に紛れ、ドンドンと戸を叩く音がした。だけど家の中にいる少女には聞こえない。
 ユリは読書に熱中していた。
 それを邪魔したのは、ついにピンポンと響くチャイムの音。雨音に負けず耳を劈いた。かような天気に来訪者とは何事か。ユリは億劫がりながらも本に栞を挟む。

「どちら様でしょうか」

 インターホン越しに家主が聞いた。すると訪ね人が懇願する。

「お願いだから私を泊めて」
「ナツキちゃん?」

 扉の前の映像に小柄な少女が映っていた。顔見知りだ。ユリは慌てて家の戸を開け迎え入れる。

「どうしたんですか、こんな夜に」

 ナツキは学校の制服姿のままだった。数時間前、文芸部で一緒にいた時と変わらない。しかし様子が明らかに変なのは言うまでもない。

「パパに殺される……」
「お父さんに? なんて言いましたか?」
「私を助けて!」

 ナツキは必死の形相で友人を見ていた。ユリはひとまず彼女を中に迎え入れる。それからタオルを取ってきて、びしょ濡れの来客に渡した。
 リビングに腰を落ち着けて、ユリは問う。

「何があったか教えてくれませんか?」
「パパが帰ってきたら血走った目で……おかしくなってわたしに襲い掛かって……いやいつかこういう日が来るんじゃないかって怯えてたけど……ここまで嫌われたなんて」
「おっ落ち着いてください」

 立ったまま焦燥感に苛まれたナツキにユリは諭す。すればナツキもようやく腰を下ろした。それからゆっくりと、家庭の事情を語り始めた。
 ナツキの父親の娘に対する仕打ちは、それとなく文芸部の部長からも聞いていたユリだった。改めて本人の説明で合致する。彼女は虐待に耐えかねて逃げ出してきた。それを追い返す度胸はユリにない。

「気が済むまではうちにいてもかまいませんよ」
「本当に? いいの?」
「ええ。母の部屋が空いていますので使ってください」
「ありがとうユリ……その、本当に助かるわ」

 ユリは立ち上がって客人を部屋に案内する。ミシミシと床が軋んだ。古い家だ。親の部屋も長らく使われていない。

「それでは何かあったら私を呼んでください……隣の部屋にいますので」
「わかった」

 ここに来てようやくナツキは安堵した表情を見せた。そしてそのまま部屋の中に吸い込まれていった。
 それからナツキからの呼び出しはなかった。どうもすぐに寝てしまったらしい。ユリは舞い込む嵐に不穏な予感を抱きながらも、平常心を保とうとするように、読書を再開した。
 それでももう、集中できない。
 ナツキが自分の家にいる。こんなことってあるだろうか。子猫のようにしおらしい彼女は普段の強気で突っかかるような態度とは別人だった。急に可愛らしく思えてくる。ひょっとしたら親密になれるかもしれない。
 ユリにとってそういう人物は早々いない。だから嬉しくもあり、恐ろしくもあった。ともかく昨日までとは違う一日が始まろうとしている。彼女はその変化に戸惑いを覚えた。
 雨は夜通し降り続く。



 朝の陽射しが窓から差し込んだ。
 ユリは大きく伸びをしながらベッドから起き上がる。そして今日から一人ではないことを思い出し、急に恥ずかしくなった。
 自分の部屋にナツキが入ってきた形跡はない。まだ趣味のコレクションを見せる覚悟はユリにはなく、ホッとする。と同時に彼女はどこだろうかと思い、いそいそとバジャマから制服に着替える。
 部屋を出て隣をノックする。返事はない。まさか昨日の出来事は夢だったのだろうか? ユリは寝ぼけた頭で結局いつも通りリビングに向かった。すると香ばしい匂いが漂ってきた。

「ナツキちゃん?」

 彼女がいた。テーブルに皿を並べている。その上にハムエッグの載った食パンを置いていった。

「お世話になったんだから、何もしないわけにはいかなくてね。ユリの分もあるから食べなさいよ」

 ナツキが普段通り元気いっぱいな笑顔を見せた。ユリも少し嬉しくなる。

「わざわざすみません……」
「これくらいどうってことないわ! ユリが普段どんな朝食を食べてるかわからないけど」

 ナツキにしては珍しく謙遜したらしかった。趣味以外には無頓着なユリは、日頃より豪勢なパンを齧って舌鼓を打つ。

「美味しいですナツキちゃん。ありがとうございます」
「やめてよ改まらないで。それより早く食べないと遅刻してしまうわ」

 確かに、とユリは余裕のない時計を見た。しかし食事にもとろくさくなってしまうのが彼女の性だ。ナツキが急かしても致し方ない。

「もう、先に行っちゃうわよ」
「そんな、待ってください……」
「わかってるって。あんたを置いて行ったりしないから」

 と言いつつもナツキは食器を片付けてはドアノブに手を掛ける。慌ててユリは追いつこうとする。皿をそのままにして。

「それじゃあ行くわ」
「はい」

 初めての、二人での登校が始まった。
 いつの間にか雨は上がっていた。ナツキの気分も晴れやかになって、ゴキゲンに鼻歌を歌う。その間ユリは彼女と話せそうな話題を頭の中で探していた。
 すると不意に、ナツキが駆けだした。

「どちらが先に学校に着くか、勝負しない?」

 子供じみた提案にユリはクスっと笑った。しかしすぐに慌てる。返答もなしにナツキは走り出してしまった。このままだと置いて行かれる! ユリも足を動かす。
 だんだんと差が開いていく。小さくなる背中をユリは追いかける。だがそんな微笑ましい遊びは突然終わった。ナツキが立ち止まったのだ。
 追いついて、息を切らしながらユリは言った。

「どうしたんですかナツキちゃん……?」
「ぎゃあああああああ」

 人間の悲鳴が答えだった。ユリは思わず目を疑う。
 交差点の前に人だかりができていた。一人の少年だったもの――制服からしてユリ達と同じ学校の生徒か――を取り囲んでいる。そして何をしているかというと、この哀れな被害者の腕や足を引きちぎって、八つ裂きにしていたのだ!

「ひぃぃいいいぃいいぃぃぃうっ」

 ナツキは逆流しそうな胃液を抑え込もうと口に手を当てる。が努力の甲斐なく今朝の食事を吐いてしまった。ユリも気がおかしくなりそうだった。
 その上、血に飢えた人型の化物達は、ユリとナツキを凝視した。

「うわ……あぁ……」

 ユリは思わず腰を抜かして尻餅をつく。次は自分達だというのが本能で理解できた。血走った眼の人間達が次々と彼女に歩み寄る。危機的状況――

「ユリ、ユリ! しっかりしてユリ!」

 必死な声のナツキに気付いて、ユリは何とか立ち上がる。この小さな友人に手を引かれ、走り出した。逃げる。来た道を戻る。追いかけてくる。呻き声を上げながら怪物どもが!

「どうしてこんな、こんなこと……」
「パパと同じ……あいつらおかしいわ」

 ユリは嘆き、ナツキも泣き出しそうになっていた。追っ手の動きはやや緩慢で、少女の足にも追いつかない。けれどぞろぞろ、増える。思わず振り向いたユリはその大群に恐怖した。
 なんとかユリの家に二人は辿り着く。少し安心したくなるが、油断はできない。

「ユリ、戸締り!」
「……はい!」

 ギリギリで正気を保ってユリは鍵をかけた。これで助かった、というわけにはいかなかった。すぐにドンドンと扉を叩く音が響く。外の連中はなおも諦めていない。
 先程人間を千切っていた馬鹿力をもってすれば扉など壊れる。ナツキにも簡単に予見できた。彼女は焦って言う。

「どうしよう、逃げ場はないの」
「庭に……父のバイクが」

 必死に頭を回転させ、回答を捻りだすユリ。ナツキを伴い裏口から庭に出た。そこには彼女の言う通り、立派な単車が置いてあった。ハーレーだ。

「ナツキちゃん、乗って!」
「ユリ、あんた免許は?」
「父から乗り方を聞いたことがあります。確かこれがエンジンで……動きました!」

 キーを入れてエンジンを温める。するとバイクは応えた。操縦席にユリは乗り込み、後ろのナツキが躊躇いがちにこれを掴む。

「ごめん、手洗ってない……」
「今は緊急時です。出しますよ」

 回転する車輪。走り出す。しかし奴らがもう回りこんできた。ユリは思いっきりアクセルを踏んで、追っ手を跳ね飛ばす。

「ユリ、ちょっと!」
「荒っぽくてすみません」

 そのまま車道にジャンプした。着地の衝撃がナツキに伝わる。だけどユリは動じない。人が変わったみたいに。
 警察に行こうとユリは言い、ナツキが答える間もなく進路を取った。殺人鬼どもの視界からハーレーの姿がだんだん小さくなって消えた。
 しかし血塗られた朝は始まったばかりだ。



 未成年が乗ってきたバイクが交番に止まる、などと実に奇妙なことだろう。
 しかし緊急を要してユリ達はやってきた。

「お巡りさんすみません、大変です!」

 交番の中に入ってユリが声を発した。けれど返事はない。一体どうしたことか。いやに静まり返っている。ナツキは訝しんだ。

「どういうこと、誰もいないの? ねぇ」

 まさかの留守。その可能性にユリはぞっとした。では一体誰を頼ればいいのか、この非常時に。
 しかし妙に人気がある。誰かいる。肌で感じていた。決してユリの願望だけではない。

「ユリ、上、上!」

 ナツキの叫びに応じてユリが天井を見上げると、そこに警官が蜘蛛めいて張り付いていた。そして跳ねるように真下に襲い掛かる!
 警官の腕が裂いた。生憎かすっただけだが、ユリのブレザーのボタンが全て弾け飛んだ。
 その時、彼女のスイッチが入った。ユリは懐に忍ばせたナイフを手短に引き抜き、それを前に突き立てた。警官だったものが呻く。その隙に彼女の長い脚が蹴飛ばした。

「駄目です、逃げましょう!」

 化物がゆっくりと這い上がる。ユリはナツキの手を取って交番から引き退き、再びバイクのエンジンをかけた。轟音を立てながら走り出す。

「こんなのって、もうめちゃくちゃだわ……」
「どうしたらいいんでしょう」

 頼るべきものをなくし、途方に暮れる二人。だが道には血に飢えた怪物が闊歩していてバイクを止めることも出来ない。

「隣町にショッピングモールがあったわよね……」

 ナツキがふと口にした。彼女はゾンビ物のマンガのセオリーを思い出そうとしていた。

「ショッピングモールなら食べ物もあるし、武器も見つかるかも。同じように考えた人が立て籠もってるかもしれないわ」
「そうですね……そうしましょう」

 ユリは進路を街の外へと転換する。ナツキが続けて言った。

「それにしてもあんた、ナイフなんていつ持ち出したの」
「あっあれですか……それはその、いつも持ち歩いているというか……」
「なんで?」
「それは……綺麗ですし……趣味なんです」
「そう、良い趣味してるわね。助かったわ」

 気恥ずかしそうにするユリに対し、ナツキはあっけらかんとしていた。それが皮肉なのかもしれないとユリは思い詰めるのだが。

「ユリ、大丈夫? 怪我したんじゃない?」
「ああ……それなら大丈夫です。制服が駄目になっただけで」

 と言っても開きっぱなしになったブレザーのことはあまり気にしていないユリだった。むしろ胸の圧迫感から解放されて清々しくさえある。

「それではスピード出しますね」

 ユリは精一杯アクセルを踏む。こんな滅茶苦茶な世界でなければ楽しいドライブのはずなのに、と少し思うのだった。



「ねぇユリ、あんた本当に道わかってる?」

 ナツキが苛立って声を掛けた。ユリにもわかっている。隣町へ向かっているはずが全然たどり着けないことくらい。

「この道さっきも通ったわよ! ぐるぐる回ってるんじゃない」
「ええわかってます! でも直進してるんです!」
「それは……あんたを疑ってるんじゃない。ユリだって必死なんだから。でもだったらおかしいわよ!」
「そんなこと気づいていますよナツキちゃん」

 ユリもだんだんイライラしてきて受け答えに余裕がない。何かがおかしい。けれど逃避行に必死だった。いくら頑張ってもどうにもならないことなのに――
 とうとうユリはバイクを止めた。すると風景がぐにゃりと曲がったような気配を感じ取った。はたして本当にそうかは誰にもわからない。彼女は諦観を告げる。

「どうやら私達はこの街から出られないようです」
「出られないようです、ってあんたねぇ、そんなわけないじゃない」
「でも事実じゃないですか。それを認めないと前に進めませんよ」
「うぐっ、正論言わないでよ」

 ナツキにもわかるが理解したくないことだった。彼女はじゃあどうしてとユリに詰め寄る。

「それは……誰かが私達を逃したくないんだと思います」

 結論からユリは述べる。流石に発想が飛躍しているとナツキは思うが構わずユリは続けた。

「突然人々が人を襲う化物になるのも、街から出られず堂々巡りなのも、同じようにありえないことです。小説でもなければ。でも同時に起こっている。ならば因果関係があるはずなんです。そして何者かの意図でそうなっているんです」
「それこそ小説の読み過ぎなんじゃ……いえ、同意しておくわ。おかしなことばかり起こってるってことにはね。でも……」

 じゃあこれからどうするのか。ナツキの疑問にユリは答えられない。ほどなくして、ナツキの方から提案が出された。

「わたし……学校がどうなってるか気になる。学校に行きたい」
「それはやめた方がいいと思います……」

 ユリは先刻の惨状を思い出し、反対する。それは直視したくないみたいであった、自分達の日常が破壊された様を見るのは。
 こういう時に頼れる人がいれば――ユリがふと思いつくのは、文芸部部長のモニカであった。彼女なら打つ手なしの現状を打開する何かをくれるかもしれない、今までのリーダーシップを思い出して。賢い彼女なら生き残っている可能性も高いとユリは思う。

「モニカちゃんの家に行きましょう。心配ですし……無事ならきっと力になってくれますし」
「モニカの家なんて、あんた知ってるの?」
「いえ……」
「じゃあどうするのよ!」

 結局「学校」の二文字がユリの脳裏によぎる。学校でならモニカに会えるかもしれない。けれど恐ろしい予感もしてならない。
 決断を迫られるとはこういうことか、とユリは実感した。学校に行こうと言うのは簡単。でもどんな危険が待ち受けているか知れない。モニカが生きている保証もなければ彼女が救世主の保証もない。それでも学校に行くべきか、否か。
 ユリは絞るように言った。

「行きましょう、学校へ」



 二人を待っていたのは地獄だった。
 校庭には正気を失った生徒たちが蠢きひしめき合っている。彼らは血を求める殺戮マシンだった。そこらじゅうに同じく生徒の残骸が落ちていた。
 そして、モニカも校門にいた。彼女は待っていた。上半身だけになって。

「こんな、こんなことって……嫌ァ!」
「モニカちゃんモニカちゃん!」

 ナツキは呆然と立ち尽くし、ユリがモニカの体を揺さぶっても動かなかった。モニカは死んでしまったか。
 いや、辛うじて息があった。

「あら……ユリ……それにナツキも……」
「モニカ!?」
「モニカちゃん! 今お医者さんを呼びますから」

 モニカは瀕死ながらもユリを笑った。とても間抜けな提案と。

「あはは~私はいいの……ちょっと書き方を間違えちゃって、自業自得だから……あなた達だけでも逃げて」
「そんな、どこへ逃げろっていうのよ!」
「もしくはfirstrunを消しちゃえば、なんとかなるかも……そうね、第三の目を開けばもしくは……」
「モニカちゃんが何を言っているかわかりません!」
「あはは、ごめん……ナツキ、耳を貸して」

 ナツキは言われた通りモニカに近寄る。そしてモニカが何かを伝え終わると、そのままこと切れた。もう彼女は動かない。笑わない。

「モニカちゃん……」

 ユリは膝をつく。あの部長が、いつでも自信ありげに部員を導くモニカが、こんなところで死ぬだなんて信じられない。けれどこれが現実だった。

「ユリ」

 ナツキが声を掛ける。最初はか細く。だが次は力強く。

「ねぇユリ、起きて」
「どうしろって言うんですかナツキちゃん。モニカちゃんが死んだんですよ」
「甘ったれないでよユリ!」

 思いっきりユリの頬をナツキは叩いた。

「あんたまだ生きてるんでしょう! モニカが言ってたわ、部室にさえ行けばなんとかなるかもって、意味わかんないけど……行くしかないのよ!」
「部室に、何があるんですか?」
「ともかく、ちゃんと付いてきてよ。あんたが来ないと意味ないんだから」

 ナツキはそう言って駆けだした。慌ててユリが立ち上がる。

「待ってナツキちゃん、待って!」

 無謀なナツキをユリは追いかける。モニカの亡骸を後にして。悪鬼羅刹の蔓延る校舎へと。走る。二人は走る。
 襲い掛かる。心を失くした人の成れの果て。ユリはナツキを庇うようにナイフを振りかざす。

「部室まで最短距離で行くわ!」
「任せてくださいナツキちゃん!」

 ユリのナイフ捌きに日頃のどんくささは影も見えない。それだけ必死だった。二人は追いすがる怪物を振り払い、三年生の教室へ向かう。
 いつもの部室が見えてきた。先日の文芸部の様子がユリの目に浮かぶ。そこにはサヨリと幼馴染の彼の姿もあった。彼らも最早生きてはいまい。かけがえのない時間を失った喪失感が胸を苦しくさせる。
 ナツキも同じ気持ちだろうか、とユリはちらりと相方を見た。彼女は何か思いつめた表情をしていた。おそらくモニカから話を聞いた時から。
 パンドラの箱を開ける。扉の向こうは空っぽだった。部室には誰もいない。ユリとナツキだけになる。
 まるで昨日から時間が止まっているみたいだ、とユリは感じた。そして今も時を止めているかのよう。不思議と暴徒は入ってこない、あれだけ追いかけてきたのに。

「ここへ来て、どうすればいいんでしょう」

 ユリが疑問を口にする。いつもなら答えてくれるモニカがもういない。代わりにナツキが教壇に立って、手を広げた。

「モニカは言ったわ。わたしの中に第三の目ってのがあるらしいの。それを開けばどうにでもなるって。わたしの中にあるのよ」
「どういうことですか。意味がわかりません」
「とにかく、わたしの中を見たら解決するかもっての!」

 ナツキの中を見るとは、どうやって――ユリはふと、ナツキの視線が自分の持つナイフに注がれていることに気付いた。血塗られた、ナイフに。

「まさか……そのままの意味じゃないでしょうね」

 ナツキは喉をごくっと言わせた。それが返事だった。

「冗談、ですよね……」

 ナツキの眼差しは真剣そのもので、ユリには耐えられない。
 窓に眼をそむけば、雨が強く降りだしていた。ざぁざぁ。ノイズのような音が軋む。
 その間にも、ナツキが近づいてくる。

「信じられません。モニカちゃんのたわごとです」
「かもね。でも他に可能性なんてあるのかしら。少しでも可能性があるのなら賭けたいのよ、わたしは。逃げ回るのには疲れたの。覚悟なら出来てる」
「私には出来ません……出来ないよナツキちゃん……」

 こんなことなら学校になんて行かなければ良かった。大きな決断をすることからさえユリは逃げ出したかった。しかし血に飢えたみたいにナツキの方から凶器に近づいていく。

「あいつはともかく、ユリのことなら信じられるから」

 ナツキは殺し文句を放ち、ユリの手を取った。そして――
 自身を刺した。

「ユリ……」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 ユリは無我夢中で叫びながらナツキの心臓を二度、三度刺した。血を吐きながら倒れる小さな体をそのまま押し倒し、刺して、切った。腹部を。魚を解体するみたいに切り開く。ナツキの臓物が溢れ出す。返り血を浴びるのも厭わず一心不乱にユリは切った。解体した。ナツキの中にある何かを探すように。切る。切る。切る。
 そして得体のしれない空虚な塊を取り出した。何の器官かは全く不明だ。それを握りつぶすと、とたんにユリの視界が開けた。360度後ろまで見える。そして目の前――あえてこの言い方をすると――のナツキがただの数字の羅列に見えた。
 ひどく快感に襲われてユリは身悶える。

「これが、第三の目……」

 そして今、モニカの言っていたことが理解できた。firstrunのファイルを握っている。これさえ消してしまえば全て元通りになる。
 躊躇わず、ユリは切った。切り刻んだ。雨が彼女に降り注ぎ、そして――



 ユリは目覚めた。お気に入りの本とナイフコレクションに囲まれて。紛れもなく、自分の部屋だ。ユリは目をごしごしと擦る。
 とんでもなく恐ろしい悪夢に襲われた気がしていた。
 雨が昨日から降り止まない。清々しい朝には程遠い。しかしいつもの日常が戻ってきた期待感にユリは包まれていた。こういうなんでもない一人の朝こそ安心させてくれる。両親が出張から帰らなくても構わなかった。
 ユリは手すりを伝ってリビングに降りる。すると香ばしい匂いが漂ってきた。
 彼女がいた。テーブルに皿を並べている。その上にハムエッグの載った食パンを置いていった。

「ナツキちゃん?」

 意味が、わからない。
 どうしてナツキが自分の家にいるのか。どうして朝食を作って待っていたのか。どうして――
 困惑するユリを前に、ナツキはあっけらかんと言った。

「どうして、ってわたし達、同棲してるんじゃない」

 いや、それは夢の話じゃないか。ユリにはまるで意味がわからない。
 どうして、全て元通りになるんじゃなかったのか。
 どうして。
 ナツキを殺した自分の前で、彼女は笑えるのか。

「あは、あはははは……」

 ユリは懐に忍ばせたナイフをまさぐった。
 ふいに、雨が止んだ。




というわけでドキドキ文芸部ことDoki Doki Literature Club!の二次SSです。
今回は夏も終わりかけなので背筋も凍るホラーです。タイトルほどゾンビ物ではないですが。お気づきの方はお気づきの通り本編でユリがオススメしてくるホラー小説『マルコフの肖像』を下敷きにしています。宗教キャンプの人体実験とかのくだりはありませんが。
それにしても自分でもこのオチはえぐいなと思っています。気分を悪くされた方、申し訳ありません。
DDLC熱が治まらなくてこうしてSSを書いていますが、実は最近もう一本書きました。それはいつの日にか発表できると思います……今しばらくお待ちください。
それでは雨や残暑にお気を付けください。うじゃうじゃ。
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コメント

グッピー #-

読ませていただきました
私はこの小説を楽しむための知識が不足していると感じました
読者としては非常に恥ずべきことなのですが最初と最後のシーンの意図がわかりません
最後のシーンはユリが第三の目を手に入れて部長になってゲームを無意識的に改変しているという事なのでしょうか?
そもそも第三の目ってなんなのかがわかりません
なぜ1キャラクターであるナツキの中にあるのでしょうか?
昔考察動画をみた時に似たような事を言っていたような気がするが思い出せません
最初のシーンではmcはなぜサヨリの家に行ったのか?
サヨリが一体何をしたというのか?
mcは一体サヨリに何をするつもりなのか?
モニカは何をしてしまったのか?
読ませて頂く身でさらに説明を求めるのは失礼ではあるのですがもし良ければお願いします
これからも応援してます!

2019.09.06(Fri) 00:45 | URL | EDIT

宇佐城 #-

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。そして初めに失望させてしまい申し訳ありませんでした。
説明足らずな小説であったと反省しております。
第三の目という単語は本編の暗号化された詩などで登場しています。
「Game Theory: DDLC解説」や「ドキドキ文芸部の全て」といった解説動画を参考にしてみてください。
ただそれが何なのかについては現状作者のみぞ知る、といったところでしょう。
この小説では二次創作なのをいいことに勝手に書いています。
最初のシーンはMCのゾンビ化を示唆していてゾンビが発生する原因はモニカの失敗なんですが本当はどうしたかったかは書いていません。
ただパニックホラーが書きたかっただけで深く考えてもいません。
素人の二次創作につきご容赦ください。

2019.09.06(Fri) 01:11 | URL | EDIT

グッピー #-

私こそ勘違いさせたみたいで申し訳ないです
宇佐城さんに失望なんてしていないしするはずがありません
これは断言しておきます
何故ならこのSSだって面白い点がいくつもあるし優れた作品を複数だしているからです
そして反省する必要もありません
このような謎が謎のままで終わる作品も私は良いものだと考えられるものだからです
例えとしてはチープかもしれませんがエヴァや東方だって謎のまま終わりそうなものが多いですしね笑
ここまで読んでまだお世辞と思っているかもしれないので言いますが私はお世辞は言いません
つまらないと思ったらそもそもコメントしていません
まぁとにかく本当に私が言いたいのは宇佐城さんにこれっぽちも失望なんてしていないし謝罪なんてする必要が欠片もないってことです
だいたい感想でもし面白くなかったなんて言われても反省したなんて言わないほうがいいですよ
面白いと思ってる人に失礼じゃないですか
次に生かすとか無視するとかのほうがいいと思いますよ
我ながら物凄く説教臭いことを言ってすいません
でも宇佐城さんに誤解されたまま終わったら凄く嫌なので
結局SSの感想を書いていないので今回得た情報を踏まえてまた明日書きに来ます
これからも心の底から応援しています
長文&駄文失礼しました



2019.09.06(Fri) 02:24 | URL | EDIT

宇佐城 #-

Re: タイトルなし

> 宇佐城さんに失望なんてしていないしするはずがありません
> これは断言しておきます
> 何故ならこのSSだって面白い点がいくつもあるし優れた作品を複数だしているからです
そう言っていただけると幸いです。誤解したようですみませんでした。
ただ今作でわかりづらかった部分は次作の改善点とします。
今後ともよろしくお願いします。

2019.09.06(Fri) 21:09 | URL | EDIT

グッピー #-

こちらこそ分かりずらい言い方だったと思います
というか改めて自分のコメントを見直すとなかなか滅茶苦茶な書き方で偉そうなこと言ってますね笑
本当にごめんなさい
ドキドキゾンビパニック面白かったです
特に好きなシーンはユリがナツキが家に来てちょっとはしゃいでいるシーンです
ナツキが家に来た原因を考えたら喜んでいる場合ではないけどつい喜んだり恐怖してしまうというのは共感してしまいます笑
私の場合も人間関係ってもっと好かれたいっていう欲求と嫌われたくないっていう恐怖がないまぜになって良くわからないことになるので笑
ユリがバイクを駆るシーンも好きです
ゾンビ物といえばアクションシーンですよね笑
これからも応援してます!
長文&駄文失礼しました


2019.09.07(Sat) 00:46 | URL | EDIT

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プロフィール

Author:宇佐城
同人サークル「月宇佐城」代表
たまに漫画やSSを書いてます
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