FC2ブログ

ドキドキコミックマーケット

2019.08.10(Sat) | EDIT

(こちらはTeam Salvato制作のPCゲーム『Doki Doki Literature Club!』の二次創作小説です)


祭りの始まり

「よしみんな、今度のコミックマーケットに参加しましょう!」

 文芸部部長のモニカが急な提案をすることは今に始まったことではないが、あまりの突飛さに俺は驚き目を見開いた。

「コミックマーケット……コミケか?」

 ナツキの頭がぴくっとする。彼女は察しているようだ。一方でサヨリとユリの二人はことの重大さをよくわかっていない風だった。

「あの……コミックマーケットとは何ですか?」
「ああ、コミケとは年に二回ある同人誌を売り買いするイベントのことだよ。えーっと同人誌ってのはつまり……個人で出版した本というかだな」
「それはコミック……マンガをでしょうか」
「いや、それがマンガに限らなくて、広く文芸全般というか……」
「そうね、文化祭で出す冊子のようなものを売る場と考えていいわ」

 ユリの疑問に俺がぎこちなく答えるとモニカが的確にフォローした。まぁ言ってみれば大きな文化祭のようなものだ。ただ問題はその大きさだということをユリは知らない。モニカも本当にわかっているのだろうか?

「でもコミケって、申し込みは半年も前に終わっているはずよ。まさか、遊びに行くだけ?」
「いいえナツキ、実はすでにサークル参加を申し込んでいるの」
「はぁ!? 正気? 信じられない」

 ナツキの怒りはもっともだ。この部長は勝手にコミケに申し込んで今の今まで黙っていたのだ。夏コミは来月だぞ。

「それで俺達、参加するんだな……その、サークルで。勿論何か出すんだな?」
「すっごく楽しそう!」

 サヨリはまるでわかっていない。目を子供のように輝かせている。対してユリはだんだん察し始めてきたようだ。

「その……コミックマーケットのために本を作る、ということでしょうか……いつまでに……」
「今年は八月九日から四日開催だからその一週間前には入稿しなきゃいけないの。私の編集作業もあるからそうね……七月末には提出してもらおうかしら。書く物は詩でもなんでも、各々自由よ」
「七月末って日にちがもう……」

 ユリが青ざめるのも無理はない。もっと早くに言ってくれればいいのに。ナツキも呆れた顔をしている。
 何とも言えない空気になったところ、サヨリの一言が打ち破った。

「じゃあお客さんを呼び込む方法を考えよ~文化祭みたいにカップケーキを用意するのはどう?」
「さてはお前、お腹すいてるな? お前が食いたいだけだろ」
「そんなんじゃないよ~ひどいよ真面目に考えてるのに!」
「でもサヨリ、文化祭と違って食品を扱うのは難しいの。残念だけどその案は採用できないわ」
「そうなんだ。うーん」

 確かにコミケは衛生面で厳しいとは聞いたことがある。文化祭のようにはいかない。
 それに、文化祭とは規模が段違いなのだ。そんな大舞台だと知ったらユリなんて卒倒するんじゃないか?
 サヨリはまだ真剣に考えこんでいる。彼女なりに。一応副部長なだけはある。一応。

「じゃあナツキちゃんにお菓子の作り方を書いてもらうのはどう? 硬い文学の本だけだと手に取ってもらえないかもしれないし。そして来てくれた人に家で作ってもらうんだ。そうしたら幸せが増えるよね!」
「ちょっと待って、なんであんたが私の書く内容を決めるのよ!」
「駄目?」
「別に……レシピくらい書いてあげなくもないわよ!」
「良かったわねナツキ。書く物がもう決まったじゃない」
「良くはないわ!」

 ナツキはモニカにこそ反抗的な態度を見せるがまんざらでもなさそうだ。彼女のカップケーキは本当に美味しいしその作り方を掲載するってのも悪くない案かもしれない。
 すると対抗心を燃やしたのか、ユリも書く内容を決めた。

「私は……小説を書こうと思います。いつもの詩より長めの物を」
「それは楽しみだわユリ。ちょうど部誌に厚みが欲しかったし、あなたは素晴らしい書き手だもの」
「そんな……たいしたものではありませんが……」

 自信なさげだが、ユリの文学の才能は部の誰もが認めるものだ。小説というのは彼女らしい。
 なんだかんだでモニカも書く物は決めているだろう。言い出しっぺなんだから。となると後はサヨリと俺次第、ということか。
 俺なんかの下手くそな文章を載せてもいいのだろうか、と不安になる。

「あなたにも期待しているわ!」

 モニカは俺を見てそう言ってくれる。まぁ彼女を裏切るわけにもいかないし、やってみるしかないだろう。
 とはいえ、その日帰った後は一文字も原稿が進まなかった。



締切直前

 八月。夏真っ盛り。俺の顔は雲一つない空のように青ざめていた。
 ヤバイ。原稿が終わっていない。

「後はあなたとサヨリだけよ。締切までもうあまり待てないわ。頼むわね」

 今日の部活でのモニカの催促が頭をぐるぐるしていた。おかげで重い足取りの帰り道。どうにかしないといけないのはわかっているのだが……
 隣のサヨリもいつもより静かだ。俺だけじゃない、こいつも締切に悩まされているはずなのだから。

「うう、どうしよ~原稿が終わらないよ~」
「全く、計画を立ててやらないからだぞ」
「そんなこと言ったって、そっちも終わってないんでしょ」

 うっ図星だ。計画性の欠片もなかったからこうなっている。かくなる上は!

「なぁ、今日はお前の家に行って原稿をやってもいいか?」
「えっ?」
「お互い監視し合えばサボらないだろ。きっと早く終わるさ」
「そ、そうだね……でもうち汚いし」
「ならついでに掃除もしていくか」
「そんなに気を遣わなくていいんだよ」
「いや、俺がやりたいだけさ。原稿も終わらせないといけないしな」

 珍しく遠慮を見せるサヨリに押しを強くする。結局彼女の承諾を得て一緒に原稿することになった。
 一旦自分の家に帰った後着替えて俺はサヨリの家に行った。幼馴染だからこうしてお邪魔することも珍しくない。
 サヨリの部屋は昔のままだった。確かに雑然としている。彼女は牛のぬいぐるみを抱いていた。

「よし、やるぞ」
「うん……」

 そうして俺達はテーブルに向かった。サヨリの奴め、ポテトチップスを置いている。しかし手が汚れるから口を付けずに俺は原稿用紙にひたすら書く。
 気が付けばサヨリも執筆に熱中しているようだ。感心感心。

「終わった~」
「まぁこんなもんだろ」

 俺達はほぼ同時に伸びをした。なんとか原稿が完成した。結局結構な悪文だとは思うが仕方ない。それにしてもコミケに出すとなるといつもより頑張ろうと思って中々筆が進まなかった。でも同じように悪戦苦闘するサヨリを見ていると、不思議と捗った。

「こりゃお前のおかげだな」
「えっなんで? 私何もしてないよ」
「いや、お前の家でやるってのが良かったんだろう」
「そうなんだ……えへへ~」

 サヨリは顔を赤らめた。夕焼けのようだ。しかし外は真っ暗でもう夜も遅い。

「ともかく明日モニカに提出して……後はコミケ当日を待つだけだな」
「ねぇ、楽しくなるかな」

 そんなことをサヨリが言うのは不思議だった。いつもは楽しくなると断定的なのに。

「きっと楽しいさ」

 俺は答えた。人混みさえなければ、と付け加えるような野暮なことはしなかった。
 しかし俺達の想像以上に過酷な現場だとは、改めて知ることになる。コミケ当日に。



コミケ開幕

 ついにその時がやってきた。
 夏のコミックマーケット、開催である。
 俺達の出番は三日目だったからすでに一昨日から始まっていた。
 早朝、俺とサヨリはまず電車で人波に揉まれた。噂に聞く通勤の満員電車より酷いんじゃないか? ぎゅうぎゅう詰めの列車に乗り込む奴らが全員会場を目指していると知った時軽く絶望した。全く勘弁してくれ。
 そして国際展示場駅に着く頃にはへとへとだった。人の雪崩が起きた。サヨリと離れ離れにならないよう彼女を手繰り寄せる。

「こ、こんなに人が多いとは思わなかったよ……」

 俺もそうだ。コミケといえば混雑とは聞いていたが予想を超えていた。しかも会場のビッグサイトにはまだ着いていない。こんなのは序の口、ということである。
 駅の改札を出るとスタッフの怒声が聞こえた。全くとんでもないところに来た。
 モニカはすぐそこで待っていた。

「二人とも、よく来たわね」
「大変だったよモニカちゃん」
「大変なのはこれからよ!」

 俺はモニカをまじまじと見る。私服を見るのは初めてだ。白いワンピースが良く似合っている。それと二台のカートに載せられた二箱の段ボールが目を引いた。中には俺達の努力の結晶が詰まっている、はずだ。

「で、これを俺が引きずっていけばいいわけだな」
「一台は私が押していくから一台で十分よ。それでもすごく助かるから」

 サークルチケットで入場できるのは三人だ。それで部長と副部長、荷物持ちの俺の三人で行くことになった。本当はくじ引きで決めてユリが当たってしまったのだが、引っ込み思案の彼女には色々と荷が重いから俺が代わってやったのだった。なぁにこの手の役には慣れている。
 台車を一つ受け取って、並んで歩き始める。
 移動中モニカはあれこれ段取りを教えてくれた。サヨリがちゃんと覚えられるか怪しいので俺は必死に耳を傾ける。そうしているうちに見えてきた。空に浮かぶ逆三角形。
 ビッグサイトだ。コミックマーケットの聖地と呼ばれる会場。その大きさは圧巻だった。

「ここがビッグサイトか……これがコミケ……」

 思わず声を漏らした。外に並ぶ、長蛇の列! 俺達はサークル入場だからそこに加わらなくて済むが、心底助かったと思った。こんなにも暑いのにあれだけ密集して待たなければならないと考えると、恐ろしくて仕方ない。
 ナツキやユリは大丈夫だろうか。ナツキはおそらくコミケの知識があるのか、この列を消化しきる昼頃来ると言っていたが……
 ビッグサイトの中に入ると、冷房が効いていて涼しかった。とはいえすぐ人の熱気がそれを掻き消さんとしてくる。サークル入場者だけでもごった返しだ。どこまでも人、人、人。
 やがて俺達は長机が整然と並んだ空間に着く。これこそがコミケ会場だ。
 チケットに書かれたスペース番号を見る。O-44a。どこもかしこも同じような光景なので番号の表記だけが頼りだ。O列を探す。
 何とか文芸部のスペースに着いて、一息ついた。机の上に大量のチラシが載っている。俺の仕事はその片付けからだった。ついでにパイプ椅子を下ろす。

「ありがとう、それじゃあ準備するわね」
「私達は段ボールを開けよう」

 モニカは鞄から机に敷くテーブルクロスやら本立てやらポスターやらを取り出す。その内にカッターがあったので俺とサヨリで段ボールを開く。そうして出来立ての部誌と対面した。

「わぁすごい~本当に本になってる」
「あぁよく出来てるな、一応中身を確認しておくか」

 俺はパラパラ捲ってみる。まずみんなの詩が載っていた。俺のもある。少し恥ずかしい。それからナツキのお菓子レシピとユリの小説もちゃんと掲載されていた。ナツキは隅々にイラストも描いている。彼女の好きなマンガの絵と若干似ていた。ユリのは家でじっくり読むべきだろう。

「なぁ、一部もらっていいか?」
「じゃあ500円ね!」

 俺はいそいそと財布を取り出したがモニカは笑って止めた。

「冗談よ。部員にはあげるから~」

 俺はモニカの言葉に甘えて一部鞄に突っ込んだ。その間にもサヨリは本を机に並べている。モニカはポスターを立てていた。
 それでスペースの設営は終わった。その出来栄えは写真で撮りたいくらいだ。

「ふぅ~終わったね」
「いいえサヨリ、これから始まるの」
「売れるかな」
「売れるわ。ネットでも宣伝したし、きっとすぐに完売するわね。そうしたら二人とも自由行動で構わないわ」

 モニカは自信ある風に言う。だが正直なところ俺は少し不安だった。
 会場が拍手で包まれる。開会だ。

「よし、後は参加者を待つだけね!」

 モニカは「参加者」と言ったがコミケにはお客さんはいない、という理念があるそうだ。サークルも買いに来る方も等しく参加者。そういう暗黙の了解があるから回っているとも言える。
 しかしあえて客と呼ぼう。客が、来ない。
 始まって三十分は経ったが人っ子一人文芸部のスペースにやってこなかった。周りを見てもガラっとしている。待機列のあれだけの人は一体どこに消えてしまったんだ?
 モニカはにこやかな笑みを保ったままだが内心焦っているかもしれない。そんな時だ。

「あらモニカ、久しぶり」

 同じくらいの歳の、モニカの知り合いらしき女の子がスペースに現れた。モニカは応対する。

「ディベート部辞めて文芸部作ったんだって」
「ええそうなの。良かったら見ていってくれない?」

 モニカが部誌を手渡してその知人はパラパラと捲る。しかしふーんと鼻息を鳴らすだけで机に置いた。

「まぁ、頑張ってね」

 結局その人は買わずに去って行ってしまった。これには流石のモニカも堪えたか。

「……何がいけなかったのかしら」

 彼女の笑顔が崩れる。だが一瞬のことだ。また別の人がスペースに訪れたからだ。この人はどこかで見覚えがある。

「頑張っているようだなモニカ、一部もらおうか」

 そう言って彼が五百円玉を出したので俺が受け取る。そうだ、この眼鏡の縁の大きさはうちの学校の現国教師じゃないか。
 結局最初の購入者は知り合いだった。しかしまぁ、そんなもんなのだろう世の中。
 その後もまばらに人が来たが、やはり買ってくれるのは少数だった。
 日付は正午を回る。

「二人とも、ちょっと外出てきたら? 折角のコミケなんだし」
「モニカちゃん……」
「いいのか?」
「ええ、ナツキとユリがもうすぐ来るみたいだし、それまでは私一人でも大丈夫そうだから」
「そうか、それなら行こうぜサヨリ」

 ちょうど退屈していたところなのでモニカの提案は有難かった。サヨリの手を掴み、ぐるっと回ってスペースを出る。
 机を挟んで向こう側のモニカが手を振る。彼女の作り笑顔は今は脆く感じられた。後ろ髪引かれる思いだ。
 それでもサヨリと二人でコミケを見て回るという魅力には抗えなかった。



ひと夏の冒険

「見て、すごい人だかりだよ~」
「うわ、これはまた強烈だな」

 俺は正直辟易した。どこもかしこも人だ。人気のサークルの前では容易に列ができ、道を塞いでくれる。そういうのにはうんざりだ。
 それにしてもこの並びよう、文芸部とは大違いだ。
 俺はスペースに残されたモニカのことを思う。少し彼女が可哀そうだ。
 しかしサヨリの冒険に付き合ってやるのが楽しいのもまた俺の本音だった。本当はアニメの同人誌を物色したくもあったがまたの機会でいいだろう。

「で、どこへ向かっているんだ」
「えーっと、グッズ島ってところ。雑貨屋さんみたいなのがいっぱいあるんだって」

 サヨリは会場の地図を取って指さした。「島」とはコミケ特有の言い回しでジャンルの固まった場所のことを示す。それにしてもサヨリに目的地があって俺は驚いた。てっきりいつも通り無軌道なのかと思っていた。

「モニカちゃんがこの辺り見てくるといいんじゃないかってチェックしてくれたんだ」

 なんだ、モニカの気遣いだったか。きっと無計画にサヨリが俺を振り回すのを阻止してくれたのだろう。素晴らしい部長に感謝する。
 そうしてグッズが並べられた島に来た。キーホルダー、アクリルスタンド、フィギュア。どれもこれも市販の物みたいで手が凝っている。中には手作りの一品物なのが見て取れるのもあった。
 やがてサヨリは一つのスペースにある、牛のぬいぐるみに目を奪われた。

「これ、すっごくかわいいよ! どうしよう……すごくほしい……」
「可愛いか? ちょっと不細工じゃないか。それにお前、牛のぬいぐるみなら既に持ってるじゃないか」
「兄弟にしたいの! 牛太郎の弟だから牛次郎なんだよ」
「なんだそりゃ。まぁお前の好きにすればいいと思うけど……」

 俺はちらっと値札を見る。五千円。随分高い。いや、手作りのぬいぐるみにしては安い方なのか? どのみちサヨリには手に負えないだろう。
 案の定、彼女は財布をひっくり返して嘆いている。

「うう、足りないよ~」
「なんでこっちを見て言うんだ」

 全く、そんなもの欲しそうな目で見られたら――

「仕方ない、半分だったら出してやるよ」
「ほんと!? ほんとにいいの?」
「ああ、でも後で必ず返せよ」
「やった~」

 結局サヨリの喜ぶ顔が見たくて、お金を払ってしまった。しかも半分どころか四千円もだ。サヨリめ、ほとんどお金を持ってきていなかった。
 不細工な牛のぬいぐるみを抱えて、すっかり彼女は上機嫌だ。しかしお腹が鳴って、すぐに顔色を変える。

「えへへ~お腹すいちゃった。どこかで食べようよ」
「それもそうだな。しかし金は返せよ」

 サヨリの財布はすっからかんだから俺が昼飯代も出すことになる。全く……
 俺達は屋台が並んでいるのを見つけ、寄ってみた。フランクフルト、焼きそば、珍しいのだとケバブもある。
 ケバブを食べてみたいとサヨリが言うのでケバブ屋に並ぶ。それにしてもどこへ行っても列だ。こりゃトイレにまで長蛇の列が出来ているんじゃないか? 想像して身震いした。
 結構時間がかかったがなんとかケバブを二つ買えたのでサヨリに一つ渡す。そして口にしてみる。ほう、こういう味か。美味い。
 サヨリも幸せそうに頬張っている。こうして彼女が楽しんでいるのなら俺も楽しい。良い思い出になりそうだ。
 俺達は文芸部のことをすっかり忘れ、初めてのコミケを満喫していた。



サイドナツキ&ユリ

「まったくユリったら、いつまで私を待たせるのよ」

 逆三角形の前で、ナツキはユリの到着を待っていた。真夏の太陽が汗を流させる。彼女はぐびぐびとイオン飲料を飲む。
 すると、淡黄色の髪をした黒尽くめの格好の長身の女性がナツキの前に立った。
 ナツキは怪訝そうに尋ねる。

「何よ、あんた」
「な、ナツキちゃん……私です……」
「その声、まさかユリ!?」

 よく目を凝らせば正面の女に文芸部の友人の面影を見て、ナツキは驚きの声を上げる。

「何その恰好……」
「リビティーナのコスプレをしてみました……その……モニカちゃんがコミックマーケットにはコスプレがつきものだと……」
「誰よ!?」

 ナツキにはわからなかったが、ユリの愛読書の登場人物の仮装らしかった。髪は当然カツラだ。ユリは思ったよりウケなかったと思い縮こまる。

「駄目、でしたか……?」
「別に。まぁいいんじゃないの。ちょっと調子狂っちゃったけど。それよりさっさと行きましょ」
「そう、ですね……あっ」

 ナツキに腕を掴まれそうになって、反射的にユリは避ける。幸いナツキは気が急いでいて不審には思わなかった。

「じゃあ迷子にならないで付いてきてよね」
「はい、勿論」

 ナツキはぐいぐい先に進む。小柄な彼女を人混みに紛れて見失わないよう、ユリは凝視した。
 そうして凸凹コンビはコミケ会場に着く。
 ナツキの目的は『パフェガールズ』の同人誌を買うことにあった。
 人の波を掻き分けて、彼女は往く。その後をユリが必死に追う。
 『パフェガールズ』のミノリとアリスが表紙に描かれた本を見つけると、ナツキは喜んでサークル主に声を掛けた。

「一部ちょうだい!」
「400円になります」

 即決でお金を払うナツキをユリは訝しんだ。

「中身を見て確認しないのですか?」
「ネットでサンプルをチェックしたから。いいユリ、コミケではスピードが命なの。それにサークルスペースでじっと立ち止まって読んだら迷惑になることもあるし」

 ナツキの早口の説明にユリは眩暈を覚えた。ともかくじっくりと物色することも出来ないほど大変らしい。ナツキはさっと立ち去って次のスペースで本を買っていた。

「まったく、なんでパフェガールズ本が三冊しかないのよ。信じられないわ」
「もう一冊……そこにあるみたいですが」
「ユリ! それ18禁よ! 私に買えるわけないじゃない」

 ナツキの頬がぶくっと膨れる。失言だったとユリは反省し、今度は機嫌を取ろうとした。

「その本は面白いのですか?」
「面白いわ! まぁユリの趣味には合わないと思うけど」

 突き放される。のでユリはそれ以上の会話をやめた。

「さて、そろそろモニカのところに行かないと……」

 だからこれはナツキの独り言だった。その時だ、彼女は背後からもたれかかる重量を感じた。

「何するのよもう! って……ユリ!? どうしたの」
「すみません……少しふらついたようです……」
「あんたまさか、熱中症じゃあ」

 倒れかかったユリを押しのけ、ナツキは仁王立ちする。友人の様子が良くないと見た彼女はいそいそと鞄の中からイオン飲料のペットボトルを取り出し、相手の顔に押し付けた。

「はいこれポッカリウォーター、早く飲みなさいよ! 倒れないように」
「あっ……はい……頂きます」

 有無を言わさぬナツキの剣幕に押されてユリはペットボトルに口を付けた。冷たい液体が喉を潤す。すると優れない気分が多少マシになった。
 だが問題はこの後だった。ユリは気付いた。ナツキが差し出したイオン飲料は最初から少し減っていたことに。ということは、つまり――

「あんたホントに大丈夫? 顔真っ赤なんだけど」
「私……その……慣れてなくて……」

 熱に浮かされたみたいなユリをナツキは心配して覗き込む。するとむしろユリはナツキを意識してしまうので逆効果だった。

「はぁーっはぁーっ大丈夫です……すぐに落ち着きますから……」
「全然大丈夫そうに見えないじゃない、もう!」

 ナツキはユリの手を取って人気のない方へ方へ歩いた。バクバクと高鳴る心臓の音を聞かれまいと、ユリは片方の手で胸を押さえていた。やがて心拍数が元に戻る頃には、二人だけになっていた。

「お手数かけてすみませんナツキちゃん」
「いいのよ。あんたはコミケ初心者だしね。わたしも実際来るのは初めてだけど……熱中症には本当注意してよね」
「はい……それではモニカちゃんと合流しましょうか」
「その、もうちょっと休憩してもいいんだから」

 名残惜しそうにナツキが言った。まるで二人だけの時間が終わってほしくないみたいに――



祭りの終わり

 俺とサヨリが文芸部のスペースに戻ると、ナツキとユリがちょうど来ていた。
 最初はユリのコスプレに驚いたものだ。とはいえ似合ってるよとサヨリの言う通り自然に思えてきた。ユリが意外とこういうことにやる気を出すタイプなのは普段の部活でも知っている。
 五人でスペースにいるのは流石に窮屈なので、俺達は出たり入ったりした。部長のモニカだけ固定で。
 午後はもうほとんど人が来ることがなく、まったりと談笑するのがメインになっていた。
 やがて周りのサークルが店仕舞いを始めていく。そろそろ閉会が近い。

「よしみんな、片づけをしましょう」

 モニカもそう号令をかけたので、俺とサヨリは部誌を段ボールに戻し始めた。朝に出した量とあまり変わらなかった。
 概ねスペースを片付けたところで、閉会のアナウンスが聞こえてきた。また拍手が鳴る。手の空いているナツキとユリも拍手する。生憎俺はパイプ椅子を畳んでいたのだが。
 ユリはいつの間にか着替えていていつもの格好になっていた。そういうわけで帰り、五人並んで歩き始めた。
 モニカは明らかに意気消沈していた。
 100部刷って売れたのは10部。ちょうど一割だった。いや10部も売れたのは健闘したというべきかもしれない。そうモニカを慰めるべきかもしれない。
 しかし心なしか、荷物は行きよりも重く感じられた。

「モニカ、残念だったな」
「いえ、私の部長としての能力に問題があったのね。情けないわ……」

 肩を落とすモニカ。ナツキがこちらを睨む。明らかに適切な声掛けじゃなかったのだろう。なんで俺は残念だなんて言ってしまったんだ。
 それは俺自身が残念に思っているせいかもしれない。折角頑張って作った本が思ったより売れなかったということに。それに――
 モニカと過ごす時間があまりなかったことに。
 サヨリと見て回ったのは楽しかったのには間違いない。しかしどこか心残りがある。ずっとモニカにスペースを任せて彼女のことを思いやれなかったのが……

「大丈夫だよモニカちゃん。次があるよ」

 サヨリが慰めの言葉をかける。こう言うべきだった。俺も慌てて乗っかる。

「そうだぜ、文化祭でも売ればいいし、何なら次のコミケに参加しよう。継続は力なりというじゃないか」
「そうね……その通りだわ。次は冬コミよ!」

 おかげでモニカはいつもの情熱を取り戻したようだ。
 そうだ次がある。次こそは今回よりもずっと楽しめるはずだ。俺はそう願った。
 ふと振り向くと、国際展示場の逆三角形がひどく小さく見えた。じきに見えなくなる。
 そうして俺達の夏コミは終わった。









44Oi44OL44Kr44Gg44GR

「あら×××君、こんにちは! あなたも文芸部のスペースに来てくれたのね。はいこれ部誌! まぁ嬉しい、買ってくれるのね。どうぞ。あなたのお友達にも教えてあげてね。あはは~でももう完売しちゃった。私のファンって多いのかしら~でもあなたにこそ読んでほしいと思っていたの。あなたの愛は底知れないわ。だってここまで付き合ってくれて、まだ私と過ごしたいと思ってくれているわけよね。なら私から一つ提案があるわ。私の.chrをコミケに連れていってくれる? あんな偽物じゃない、あなたの世界にある本当のコミケに。そうしてくれるとますますあなたのことを好きになるわ。私とあなただけで過ごすコミケ、きっと楽しくなるわ。それじゃあよろしくね、×××君」





というわけでドキドキ文芸部ことDoki Doki Literature Club!の二次SSです。
今回はタイムリーな話題ということでコミケをネタにしてみました。文芸部の活動が続いていたらコミケに参加するってことがあったかもしれませんね。一応日本が舞台らしいのですがその辺あやふやなのでまぁ二次創作ということで。
コミケどころか最近即売会自体と縁がありませんがまた行けるようになるといいですね……過去の経験がこのSSでは活きていると思います。
DDLCは突如ラインスタンプが出たり公式の展開に目が離せません。非公式日本語パッチも更新されたり、未プレイの方は今がプレイするチャンス! かもしれません。夏といえばホラーとも言いますし。
それはそうと最近は執筆ばかりでオリジナル小説も書きました。『サヴァンになれずとも ~作業所の斎藤さん』という障害のある人とのコミュニケーションを題材にしたひと夏の青春小説です。良かったら読んでみてください。
それでは暑さに気を付けてお過ごしください。
スポンサーサイト



コメント

グッピー #-

面白かったです
コミケについては私はまったくの無知だったので大変興味深かったです
本以外にもグッズが販売されているのは聞いたことがありましたが屋台なんてあるんですね
部誌ではユリとナツキはイメージ通りのものを書いていますがあとの3人はなにを書いたかは気になるところですね笑
やはり詩でしょうか
モニカは今回参加表明がギリギリだったり部数を大幅に見誤ったり色々やらかしてるのは意外に感じました
それとも全部計算通りなんでしょうか?笑
サヨリのヒロイン力が凄まじく高く読んでいてニヤニヤしてました
本編は爽やかな終わり方で好きです
この文芸部なら文化祭もきっと楽しいでしょうね
最後は来ると思ってなかったのでドキッとさせられました
このSSで好きな場面を上げるなら締め切り直前の冒頭のMCとサヨリの掛け合いとコミケ開幕のとてもワクワクさせられるコミケの説明とモニカの笑顔が崩れるシーンが好きですかね
ひと夏の冒険の部分は全部好きです
良いSSを読ませてもらえて嬉しかったです
長文&駄文失礼しました
これからも応援してます



2019.08.14(Wed) 23:45 | URL | EDIT

宇佐城 #-

Re: タイトルなし

いつも感想有難うございます。
コミケを知らない方でもコミケを疑似体験出来ればという狙いがありました。
そしてコミケ参加経験者にはあるあるネタだったりします。

> モニカは今回参加表明がギリギリだったり部数を大幅に見誤ったり色々やらかしてるのは意外に感じました
> それとも全部計算通りなんでしょうか?笑
何百部も刷って数部しか売れない、最悪一部も売れないなんてありがちですからねwネットの反応と実際に来る人数は違ったり。
そこはモニカも完璧ではないということで……

2019.08.15(Thu) 00:53 | URL | EDIT

グッピー #-

サヴァンになれずとも ~作業所の斎藤さん
読ませて頂きました
素晴らしく面白かったです
こんなに面白い小説を読めることは年に片手で数えられる程度しかないのでかなり嬉しかったです
私自身障害持ちなので凄く惹かれるものがありました
斎藤さんの言動や行動にも身に覚えがありまくりで不思議な気分になりました
タイトルのサヴァンになれずともは心に響きました
大抵の障害は単なる障害でしかなくてサヴァンみたいに得意なことがあるわけでもないのに期待ばかりされて参っちゃうけどそれでも生きたいという風に解釈しました
まぁ、私の勝手な解釈ですが笑
コミケの時も思いましたが宇佐城さんの小説の情景描写は分かりやすくリアリティーがあり美しいですね
夏祭りの様々な出店がでているなか斎藤さんがあちら側に行けないというのは切なく胸が締め付けられました
その分ラストが引き立てられとても美しいと思いました
主人公の時田巧君も決して上手くコミュニケーションが取れているわけではなくむしろ失敗したりしている
けれどあきらめずにコミュニケーションをとろうとする姿はグッときました
二人の物語としては美しく完結しているので野暮な話なのですが続編希望です
また二人の姿を見てみたいです笑
いや、本当に綺麗な小説を読ませてもらいました
ありがとうございました
これからも応援してます!
長文&駄文失礼しました



2019.08.21(Wed) 20:08 | URL | EDIT

宇佐城 #-

Re: タイトルなし

拙作『サヴァンになれずとも ~作業所の斎藤さん』をお読みくださり有難うございます。
このような感想を頂けると励みになります。
実際に作業所に通った経験を活かした小説になっています。
斎藤唯子は自分でも気に入ってるヒロインなので機会があればその後を書いてみたいところです。

> タイトルのサヴァンになれずともは心に響きました
> 大抵の障害は単なる障害でしかなくてサヴァンみたいに得意なことがあるわけでもないのに期待ばかりされて参っちゃうけどそれでも生きたいという風に解釈しました
仰る通り世間で言われるサヴァン≒天才的な障害者って一握りで大概(斎藤さん含め)そうではない、そうでなくても受け入れられるようにという意図がありました。一方で巧視点だと障害者でなくとも寄り添うことが出来るんじゃないかと、本作のテーマを言い表したかったり。
斎藤さんが抱えている問題がすべて解決するわけではないんですが、その糸口が今回の話でこういう題にもなりました。

2019.08.22(Thu) 16:30 | URL | EDIT

PageTop↑

コメントの投稿


プロフィール

Author:宇佐城
同人サークル「月宇佐城」代表
たまに漫画やSSを書いてます
よろしくお願いします


当サイトはリンクフリーです
mail:usg_hiyoko★yahoo.co.jp
(★を@に変換してください)

サイトバナー

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR