アンダワ❤ラバーズweb版+α

2017.08.20(Sun) | EDIT

どうも宇佐城です。
祝! 『UNDERTALE』日本語対応PS4/PS Vita版配信開始!
というわけで(?)半年前に頒布した二次創作小説本『アンダワ❤ラバーズ』のweb再録版を公開いたします。これは非公式日本語訳パッチの三次創作でもあり、公式日本語版とは別のタイムラインとなっております。また本編のネタバレをおおいに含みます。ご注意ください。
それから、オマケとして新作掌編を書きました。この本のある章に対応した内容となっておりますので後にどうぞ。


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ラストリゾート ~ 終末営業

2016.11.23(Wed) | EDIT

(こちらはToby Fox氏制作のPCゲーム『Undertale』の二次創作小説です。本編Gルートのネタバレを含みます。ご注意ください)

新約幻想郷:破 ~ Perdition crisis 4

2013.10.20(Sun) | EDIT

(こちらは東方二次創作小説『新約幻想郷』の第七話です。前回はこちら



「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは、だあれ?」
「それは、私でございます」
「そうね、私達ね」

 全長二メートルの鏡台に、齧りついて話しかける魔女がいた。さらさらとした金髪に透き通るような白い肌、成長途中で止まった少女の体は艶めかしく、一糸纏わず晒している。
 この少女の背中には、天使のような純白の翼が備わっていた。ところが不思議なことに鏡に映るのは、悪魔のような漆黒の翼である。

「姉さん」
「なぁに」
「駒が全て揃いましたね」

 鏡の向こう側の少女が、卓上に将棋盤を置いた。鏡に接して二つ折りに。すれば合わせて八十一マスとなる。自陣の駒を並べていけば、敵陣の駒も整列された。ただし鏡合わせのため飛車が向かい合ってしまっている。

「六十年かけてここまできたわ」

 白翼の少女は飛車の前の歩を進ませる。黒翼の少女も同様に。すればぶつかって、互いに取り合った。
 取った歩をまた置き直しては、鏡の前でぶつけ合う。それをしばし繰り返していた。

「けれどやっと、これも終わり」

 歩と同じことを飛車で行う。盤から取り除いた駒をさも愛おしそうに、天使は頬に擦り付けた。悪魔は少し怪訝そうに訊く。

「あの子を、飛車をもう一度置くことはないのね」
「ええ、二度と手放すものですか。そして、これでようやく次の手を打てるわ」
「次? でも角で角を取れないわ」

 鏡合わせのため角行は向かい合っていない。進めたところで、ただ中央ですれ違うのみだ。
 けれどそれで良い、と「姉さん」は言う。

「境界を越えて成れば……でもそれは後」
「境界を崩すのが先ね」
「その通り、この通り」

 一列に並んだ歩に指差して、そのまま順に動かしていく。すれば当然、ぶつかり合う。

「ということは……いよいよ始まるのね」
「ええ、始めるわ」

 少女は鏡から視線を逸らして右を見た。その先には月がある。
 少女は鏡から視線を逸らして左を見た。その先には地球がある。

「それではしばしお別れね、寂しい?」
「ううん、だって私達は永遠に二つで一つだもの」
「夢月【ユメツキ】」
「幻月【マボロツキ】」

 星の海を漂う彼女らは、鏡合わせに口付けを交わした。



 この世の何処でもない何処か。あえて言うならば観測者の見落とした隙間。そこにぽつんと、棺桶が一つ置かれている。
 随分派手な棺桶である。ベースは黒塗りの一般的な物だが、随所に宝石が埋め込まれ、茨の花と蔦を模した純金の装飾で覆われている。そこに眠るのはよほど高貴か、少なくともそう見せたい人物らしい。
 縁起が悪いことに、その棺桶には死神が付き添っていた。逆刃の鎌を横たえて、膝を突いて見守っている。その眼差しは温かく、聖母のよう。エリーはすっかり死神を演じるのを忘れていた。
 先程から彼女、そわそわとしている。何かを今か今かと待っていた。その何か、蓋がひとりでに開けば、目を一際輝かせる。やっとこの時が、と感慨の言葉を漏らした。
 芳しい匂いが充満する。棺桶の中には色とりどりの花が敷き詰められていた。その中でも格別麗しく大きい、一輪の花が外の光を浴びて息をする。
 芽吹く命。愛でる庭師。目と目が合う。

「気が付いたのね」

 呪いを解かれた眠り姫はゆっくり起き上がった。従者は確認の質問をする。

「私が誰だかわかる?」
「……マエリベリー、さん?」

 エリーは一転して表情を崩した。まさか、そんな……と驚嘆する、悲嘆する。
 対して姫は困惑を装いながら内心従者の反応を楽しんでいた。からかっていただけである。流石に気の毒に思えてきて、種を明かした。

「ごめんごめん冗談よ、エリー」
「……えっ! あの」
「私がエリーのこと忘れるわけないじゃない。いや本当にごめんなさいね、つい貴方が可愛くて」
「もう! 吃驚したじゃない! 非道いですよ。でも良かった……本当に良かった……」

 涙の雨が囲いに咲く花に降り注ぐ。花は恵みを受けて首を傾けた。

「ところでここはどこかしら、黄泉の国ってやつかしら。わざわざお出迎えすまないわ」
「またまたご戯れを。妖怪が生きずして喋ることなし、でしょうに」
「えっ? でも私死んだ覚えがあるのに」

 最新の記憶、最期の記憶を呼び覚ます。六枚羽根の悪魔が猛り、光が風景を埋め尽くして――花の妖怪は、確かに魂ごと消し去られたはずだった。
 だから今、首を傾げる。エリーは頭を掻いた。

「あ……もしかして胡桃から何も聞いてません?」
「何? 何よ」
「それならいいんです。いやそれで良かった、念には念を、という言葉もあるし」
「まぁなんとなく察しがついたわ今ので。とりあえずこれだけは訊くけど……貴方にとって私は誰?」
「幽香ちゃん」

 迷わず即答で。主にだけ見せる笑顔。主もまた、微笑み返した。
 事の経緯はこうだ。幽香は罠にかかって夢幻館に囚われてしまった。けれど一度囚われたら最後、死ぬまで外には出られない、そういう仕組みになっていた。そこでエリーは一計を講じたのである。幽香を救い出すために。
 幸い幽香には分裂という特異な能力があった。棺桶の中で眠っていたのも分身の一人である。しかし幽香一人残らず死んでようやく解放される、ただの分身なら生きたまま館の外にいるはずもない――のだが、エリーは彼女を幽香と呼んだ。

「そう、貴方は九割九分九厘幽香ちゃん。けれど夢幻館当主幽香は確かに死に、一厘だけ違う貴方は別人、となっているわ。どこかいつもと違うところ、わかる?」
「変わったところ? 胸、縮んだ?」
「安心して、そこは弄ってない。弄れるものですか」

 鼻息を荒くするエリー。場を和ませようとやや大袈裟に反応したつもりだがあっさり無視される。わざとではない。幽香は自分の変化を探すのに集中していただけだ。

「あっ……さっぱりしてる」

 髪を触って、肩より先が無くなっていることに気付く。正解とエリーは言った。

「それ以上伸びないようしてあるの。だから永遠に『幽香』に辿り着かない。然りて夢幻館の当主と認識される恐れはないのです」
「成程、じゃあ今の私はさしずめ飾身【カザミ】幽香ってわけね」
「申し訳ありません」
「ううん、気に入ったわ。ちょうど起きたら髪を切りたいと思っていたところなのよ。動きやすいし」

 幽香、いや飾身幽香と言うべきか、は棺桶から足を出して立ち上がった。服に引っ付いた草花を丁寧に掃い、大きく伸びをする。と同時に感じた腹部への違和感。下ろした手で擦る。

「そういや、そのままだと一厘欠けているはずだけど、何か埋めた? 何を埋めたの?」
「ん? えっと、いやまぁその」
「目を合わせなさい」

 たじろぐエリーの頭を鷲掴みにする。恐ろしいくらい笑顔で。

「うっ幽香ちゃんの拾い物をちょちょっと……そのままでは微弱すぎて復活できない妖怪だし、魔力の足しにでもなればと……」

 幽香の拾い物とは、魔理沙が持っていたあの妖怪バトンのことに他ならない。爆弾のトラップに引っかかった時一緒に砕け散ったが、細かい破片になってもなお、妖怪は死んでいなかった。その生命力がエリーの目に留まったのである。
 それをわざわざ飾身の腹部に仕舞った意図まで伝えることはしなかった。勘付かれぬよう話題を逸らす。

「そうそう、気を付けてほしいのだけど、分裂はもうできないわ。完全体ではないから。それに館に吸われていた魔力が回復するのは少々時間がかかるかと」
「どれくらい?」
「早くて二週間……いや一週間かな」
「ふぅん……間に合うかな……?」

 体をほぐしながら、幽香はしばし考え込んだ。エリーは彼女が何か良からぬことを考えているのではないか、と不安になってどぎまぎする。探りを入れようとすれば、逆に幽香の方が質問を先んじた。

「ところであの子はどうしてるの?」
「えっあっ……あの子って沙月ちゃん? 眠ったわ。貴方の代わりに。見る?」

 エリーは右手をパチンと鳴らす。するとガタガタと家具をずらすような音が聞こえて、眩い光が差す。瞬きしたなら一面の蓮に囲まれている。二人の足元を清らかな水が満たす。そこは夢幻館の外、浜辺、魔法の泉だった。
 二人の目の前には、物凄い勢いで再建される館があった。建築様式はバラバラで、どこからか寄せ集めてきたかのよう。古式ゆかしい和風の木造部分や近代的で無機質な鉄筋コンクリートの箇所が目立つ。そこは館の主人の心象風景を参考に築かれるためである。
 ガレキがどんどん積み上げられて塔になる。かつての主には、その様子が繭を作る蚕の所業に見えた。

「エリーは、私の時も見たのよね?」

 エリーは頷く。顔を曇らせて。それは隣の幽香も同じだった。

「私はおぞましいと思う、これを。そしてここから飛び立てて、心底良かったと思う。本当に感謝しているわ」
「そんな、私はただ少しでも恩を返したかっただけです。幽香ちゃんにはそれこそ感謝してもしきれないものをもらったから……」

 今の自分があるのは幽香のおかげだと、エリーは何度もした話をまた繰り返す。かつてエリーが夢幻館の番人になる前、幽香が夢幻館の主人になる前、六十年も前の話を。
 エリーことマエリベリーは或る妖怪に作られた「予備」の一つだった。自我の無い空っぽなドール。その上失敗作の烙印を押され、空間の狭間に封じられた。
 空虚な人形であれば何も感じず、何も苦しむことはない。という振りをして彼女は永劫の孤独に耐えていた。宿ってしまった魂を自ら呪い否定してきた。けれどそんな日々も突如終わる。幽香が扉を開いて、連れ出してくれた。救ってくれた。生まれてきた意味を知ることができた。
 その恩を返したい。勿論そういう気持ちもある。だが事はもっとシンプルだ。あの時の、太陽のような眩しい笑顔に一目惚れした、ただそれだけのことだった。それだけは気恥ずかしくて、決して言えないのだが。
 その太陽を曇らせない、その為にエリーは生きている。しかし地動説ではなく天動説の方が正しいのでは思えるほど、この太陽は危なっかしく動き回る。好奇心を仇にして悪魔の罠にかかったことからも明白だった。だから心配の種は尽きない。

「ここを去るなら今のうちです」

 幽香が変な気を起こす前に、エリーは促す。心なしか事務的な口調で。

「この通り夢幻館は沙月ちゃんを新しい当主として認めました。今幽香ちゃんがここにいることに誰も気づいていません。月の悪魔達でさえ。彼女らは行方不明の妹を手に入れたが為そちらに夢中です」
「……それは都合が良いわね」

 意味深に幽香は頷く。すでに彼女は変な気を起こしていた。

「ですが、これで制約が無くなった以上、動きます。月の情勢も緊迫していますし」
「第二次月幻戦争でも始める気になった?」
「はい。近いうちに幻想郷が、いえこの国全土が更地になるでしょう。その前に海を渡った方が賢明かと。アーカムでも崑崙山でも、行きたいところを言ってくだされば送りますよ」

 エリーは鎌を一回転させて空間を切り抜く。そこだけ周りの風景とは全く別の、どこか違う場所を映した。そこへ移れと指を差す。

「そうね……それじゃあ」

 幽香は唇を人差し指で抑える。するとエリーの顔がみるみる青ざめた。悪巧みをしている時そうする癖があることを知っていたからだ。

「幻想郷へ連れて行きなさい」
「やっぱり、良からぬこと考えてるでしょ!」

 口笛を吹いて誤魔化す幽香。そういう子供っぽいところがまたエリーは好きなのだが、ここでは別である。

「また戦争になるって言ってるでしょ! まさか……」
「そのまさかよ。今度こそ借りを返してやるわ」

 戦いそのものが楽しい遊びと言いながら、結局のところ勝たなきゃ嬉しくない。類を見ない負けず嫌い。幽香のその性格、いや病気、をエリーは知らぬはずもなかった。だから危惧していた。
 彼女があの恐ろしい悪魔達にリベンジを望むのではないのかと。案の定である。
 しかしそれを止める術がないこともまたエリーは知っている。無理やりどこかに封じ込めば止められないこともないが、それはエリーの方の性格からできない。そういう行為を嫌うし、嫌われたくもなかったのだ。

「あぁ、すぐそこだし連れて行ってもらうこともないか。やっぱり自分で飛んで行くわね。せっかくだし」

 幽香は館を背にする。エリーも振り向こうとするが、やめた。
 引き留めたい。引き留められない。空ぶった手で胸元を押さえる。そんなエリーの肩にポンと手が置かれた。

「見て」

 誘われて、今度こそエリーは振り返る。幽香は目の前を指差した。

「夜明けだわ」

 太陽がちょうど西から昇っていた。何の変哲もない、いつもの光景。けれど幽香にとっては違う。久方ぶりに目に映る朝焼けが、ひどく新鮮に思えた。

「綺麗よね」
「そう、ですね」

 だから幽香はこの感動を、エリーとも共有したくて手を掛けたのだ。

「いつだったか、夢の中で話してくれたわね、外の世界では東から昇るって。いつか二人で見ましょうね」
「幽香ちゃん……無理しないでね」
「行くよ」

 幽香の体がふわりと浮く。目に見えないが力強い翼をはためかせ。そのまま太陽へ向かって飛んで行く。
 結局言えなかった。本当の目的を。本当の願いを。
 エリーは悪魔の屋敷から自分を解き放ってくれた。今度は自分の番。今度こそ悪魔達を倒し、彼女に掛けられた呪いを解く――幽香には、どうしてもそれが気恥ずかしくて言えなかった。
 見送るエリーはしばらくその場に留まり、向日葵の残り香を抱きしめていた。太陽の花。その花言葉は「私は貴方だけを見つめる」

「今はそれでいい。それだけで。でもいつか」

 その先は風に攫われて、聞こえなかった。



 ラベンダーの香りに包まれて、少女は眠る。
 他の全ての者達が新しい朝を迎える中、彼女ただ一人、昨夜を永遠に繰り返すことを始めるのだった。

「おやすみ魔理沙、良い夢を」

 懐かしい母の声が聞こえた気がして、娘は少し表情を柔らげる。
 起きている限り安らぎが訪れないのなら、いっそ、このまま眠り続ける方が良い――そういう風にも見えた。
 どのみちもう、魔理沙が目覚めることはない。この世は童話ほど甘くないし、メルヘンも時に現実以上の残酷さを見せるのだから。



【次回予告】

靈夢は目覚める。待ち受ける新たな出会い。無限に広がる幻想郷。
胎動する物語は夢幻姉妹に導かれ、ついにEXTRAの領域へ突入する。
次回 「新約幻想郷:急 ~ Border Land」





これで新約幻想郷のweb掲載も第二章まで終わりましたが、次回更新は今のところ未定です。
この続きとなる第三章も収録した「新約幻想郷 ~ Lotus Land D"re"am」は紅楼夢で頒布させていただきましたが、イベント来られなかった方で欲しい、という方がもしおられるようなら、個人通販または書店委託を検討いたします。
参考までに希望される方はここのコメント欄に書き込むかもしくはツイッターでリプライを飛ばしてください。ではでは。

新約幻想郷:破 ~ Perdition crisis 3

2013.10.11(Fri) | EDIT

(こちらは東方二次創作小説『新約幻想郷』の第六話です。コミックマーケット84で配布した『新約幻想郷 少女シンセイ』より一部抜粋して加筆しております。前回はこちら



 真っ赤な水溜まりに、真っ赤な髪を乱して、四肢の無い少女の残骸が横たわっている。
 神経毒にやられて痛みを感じない。ただ出血多量で意識は朦朧としていた。妖怪は千切り取った肉を啄みながら見ているのみでトドメを刺さず――今や静かに死を待っていた。
 走馬灯がチラチラ点滅する。少女の意識は過去を遡っていた。フラッシュバックされるのはいずれも絶望の記憶。彼女が心の奥底に封じ込めていた「魔理沙以前」の記憶。ゴボゴボと溢れ出す。
 十歳の誕生日を迎える前に家出した時のこと。夕闇に染まる空をバイクのミラーに映し、山並みを文字通り越えていった時のこと。少女はほんの少しだけ期待していた。
 いくらあの父親と言えど、追ってくれるに違いない。
 けれどついには来なかった。あらゆる妨害を受けずして境界の向こうに辿り着いてしまった。夜の帳が降りて孤独。
 私を見てくれない。私を愛してくれない。
 それ以前に養育ロボットのプログラムされた愛を享受していた頃もあった。けれどそれは決して長くない時間。電化製品「ロビタ」一台目の寿命と同じくらいの。
 人間と違って機械を殺しても罪にならないし、代わりがいくらでもいる。少女の父親はそのことを理解していたし、少女も理解してしまった。
 人形の愛ならいらない。
 そもそも産まれた時から誰からの祝福も受けていない。母親はいなかった。父親は失望と憎悪を向けていた。
 二十二世紀にもなって妊産婦死亡なんてほとんど在り得ない。にもかかわらずだ。「子供が妻を殺した」と男に解釈させるのも無理はない話。彼は善人であろうとしたが、結果としては無理だった。彼女はおおよそ娘として扱われなかった。
 唯一の肉親に遠ざけられた。愛に飢えた。近づいた。蹴飛ばされた。愛に飢えた。思い出されるのはそればかり。
 私を見て、私を愛して。何度も願い、何度も諦めた。
 そして今も、また、同じことの繰り返しだ。

「ちく、しょう……」

 ようやく見つけた母の愛を、幸せな家庭も、「魔理沙」さえ、奪われて。血達磨の少女は恐怖に浸されて。ただただ呻く。
 そんな瀕死の人間に、幽香はすっかり興味を失っていた。二人は惰性で眺めていたが、残りの二人は食べ残しの肉を捏ねて丸めて、キャッチボールに興じる始末だ。

「オーライオーライ」
「行くわよ、そーれ」

 幽香その一が振りかぶって投球してみせると、幽香その二の頭部に直撃して粉砕した。その一が投げた球ではない。それは遅れてその二の足元に転がった。
 何事かと幽香その一がその二の倒れた先を見れば、何もない空間に穴が開いているではないか。と気づいたなら彼女もまた撃ち抜かれてぽっかり穴が開いた。そこから凶器を抱えた人が一人出てくる。
 残りの幽香達は振り返り見た。そして歓喜した。死にゆく少女の目にも映った。そして悲観した。

「やっとお出ましね」
「れい、む……」

 紅白の玉に紅白の巫女。靈夢の瞳もまた捉える。赤い服の妖怪と、赤よりも紅い血の海に沈む家族の姿を。

「魔理沙……? なんで、どうして」

 無機質な無表情の仮面にひびが入る。靈夢はぽとりと陰陽玉を落とした。湖で追い返したつもりの彼女からすれば、驚くのも無理はない。それも五体不満足な姿を目にしたならば。
 よたよたと、靈夢は魔理沙に向かって歩く。一方で魔理沙は来るな、逃げろと叫ぼうとした。しかし息絶え絶えで声にならない。
 二人の間にはちょうど幽香が二人もいる。彼女達は新しい玩具に早速興味を示し、飛びかかった。すっかり動揺していた靈夢は一手対応が遅れてしまう。
 一人目はすんでのところで退魔の護符を貼りつけ蒸発させるが、そいつを囮にした二人目に懐に潜られ、回し蹴り、横方向に吹っ飛ばされた。
 幽香にしてみれば挨拶代りの一撃にすぎない。本気を出せば決着は着いていただろうが、それでは面白くないのだ。だから靈夢もすぐさま立ち上がり、戦闘態勢に入る。それを見て幽香は満面の笑みを浮かべる。

「待ちわびたわ巫女さん。勿論、貴方も遊んでくれるのよね?」
「妖怪……敵!」
「寝起きだからって甘く見ないことね」

 靈夢の手から離れた陰陽玉が勝手に動きだし、羽根付きの頭を轢く。それより早く幽香は下半身を分離し、新たな苗床にしていた。瞬く間に子を産む女王蜂を守るべく、働き蜂共は反撃に出る。
 幽香一人の突進を空間転移でかわせば、ワープ先に別の幽香が待ち構えている。それを靈夢は各個撃破しては急速離脱。数の暴力に対して個の暴力。奮戦するが前者がこの場を支配するのは時間の問題だった。
 御札にしろ針にしろ対妖怪用武器には限りがある。唯一使い捨てでないのは陰陽玉だが、これは巫女の魔力を吸って機能するものだ。無論幽香の魔力にも限度はあるが、底の深さには圧倒的な差があった。その上エリーや人形達との戦いで大半を消費してしまっている――
 そう深く考えずとも、今の靈夢が幽香に勝てるはずもない。魔理沙にはそれが痛い程わかる。理解できてしまうから、心の中で叫ぶのだ。靈夢、逃げてくれ。

「逃げても逃がさないよ❤」

 残酷な天使達は地を這う人間達をせせら笑う。靈夢は懸命にその嘲笑一つ一つ消し飛ばしていた。けれど一向に絶える気配はない。動きも読まれ始めていた。次第に追い詰められていく。希望が絶たれていく。
 幽香二人の射線上にまんまと誘導される靈夢。挟み撃ちにして放たれる魔砲。勝敗は決した。

「自動決死結界破【オートボム】ねぇ」

 彼女自身は無事だった。その代わりに貴重な武器を失って。博麗神社の秘宝、紅白陰陽玉。そいつが直撃寸前主を包み込んで庇ったのである。そいつ自身の意思で。
 ボロボロと剥がれ落ちる球形の甲殻。中には誰もいない。すでに靈夢は空間転移して幽香の一人を屠っていた。それでとうとう魔を封じる針も尽きた。魔力も切れた。
 この時攻撃に転じず、素直に館外に逃げればよかったのである。魔理沙はそう願った。けれど靈夢にはそれができなかった。仮にそうしたくともできなかった。博麗の呪いが、妖怪殺しの血が、彼女をここに縛り付けている。
 だから勝敗は決していた。背後から幽香が一人組みつく。その細腕からは想像もできないような力で。

「巫女さんって本当面白いわ。幻想を全肯定した上で全否定するんだもん。人間でありながら人間であることも否定せずして存在しえない。おかしくて笑えるわ」
「でも貴方は先代と比べたら色々と及んでないわね」

 ある幽香は嬉しそうに言い、別の幽香は残念そうに言った。彼女は靈夢に別の人物を投影していた。過去に心ときめかせてくれた一戦の相手を。
 靈夢もまた、その人物を相手に投影し、睨んだ。

「……そう。あんたが、あんた達が私に博麗を押し付けたんだ!」

 珍しく率直に憤りを見せる。正面にいた幽香はオーバーアクション気味に反応しようと両手を広げるも、途中でやめて腕を組んだ。表情もいつものニヤケ面から素に戻り、小さな声で呟く。

「私と貴方は同類」
「何」
「呪われて、人形にされて……けれど私はいつか、この館を出てみせるわ。残念ながら貴方も鍵ではなかったようだけど」

 幽香が一人、じわじわ近づく。磔にされた靈夢の心の臓一点に視線を集中して。腕を振り上げる。魔理沙は無い腕を必死に伸ばそうとする。あぁ、せめて靈夢だけは――

「やめ……ぇ……」
「さようなら巫女さん。生まれ変わったなら、自分の翼で飛び立つことね」

 ズブッ。手刀が靈夢を、もう一人の幽香ごと貫いた。
 紅の妖魔は真っ赤に染まった腕に舌を這わせる。紅白の巫女は赤一色に統一されて倒れる。そして紅の海に溺れる赤髪の魔女は、ついに崩壊へと至った。
 最後の希望が失われ――「魔理沙」も今度こそ失われる。そこにはただ無力さを嘆く少女の呪いだけが残された。
 呪いがまた呪いを呼び覚ます。少女は見た、己が呪詛の原風景を。
 お父さんが愛してくれないのは、私が人間に生まれなかったからなんだ。
 私は人間じゃない。成り損ないの、ジャンクの。
 ――悪魔だったんだ。
 ドクン。途絶えたはずの心音が、鳴り響く。
 少女の全てを代償にして――
 永い眠りから、何かが、目覚めた。



「おはよう沙月【サツキ】」



 空気が一変する。
 魔力の急激な膨張、ビッグバン。それは視覚で捉えられるほど凄まじく、嗅覚はすぐに使い物にならなくなった。
 その中心に人間の少女の残骸があった。そう、残骸である。何しろ彼女は人をやめたのだから。いや、元々人ではなかったのだ。忘れていただけで。
 失われたはずの腕が生えてくる。もがれた脚が復元される。いや、新生と言うべきだろう。決して「元通り」ではないのだから。
 早速新しい手足を使って、そいつは立ち上がる。その時二回目のビッグバンが起こった。その衝撃で周囲の妖怪共は吹き飛ばされる。
 負けじと幽香の一人が出力最大で魔力の塊を撃つ。が手で受け止められてしまった。以前幽香がやってみせたように。もっともレベルが違う。彼女自身受け止められるとは思えない渾身の一撃を弾いたのだから。
 その時、八角形の波紋状の光の壁が掌から発生していたのが肉眼で確認できた。幽香はそれで確信する。

「絶対恐怖領域【ボムバリア】……やはり貴方だったのね、月の悪魔の末妹!」
「ォォォォォオォォオォオオオオオオオオオオオン!」

 咆哮、と共に瞳が割れる。そこから圧縮された涙が高速を超えて光速で発射された。
 空裂眼刺驚【スペースリパー・スティンギーアイズ】。吸血鬼の奥義。それを使いこなすどころか更に強化して、幽香三人を一瞬のうちに葬った。
 赤く濡れた頭髪は全て抜け落ち、キラキラと輝く金毛に生え変わる。目の色もそれに倣う。加えて背中の肩甲骨が隆起し、露出する。そこから新たな骨格が作られ、肉付けされ、二枚の黒い翼が出来上がった。
 まるで湖上のクリミア・スカーレットだ。魔族の証と言えよう。今、少女は人の殻を破り、悪魔へと羽化しようとしていた。
 翼はもう四枚、すぐ下に生える。黒翼がもう一枚、白翼が三枚だ。合わせてみるとちょうど太極図のような配色になっている。すれば、暴発した魔力が収束していった。あり余るそれを浮力に変換して、悪魔は飛び立つ。

「……沙……?」

 魔理沙がどこか遠くへ行ってしまった。靈夢の意識はそこで途絶え、体は隙間に沈み込んだ。
 ここにはもう人はいない。いるのは人の理を超えてしまった者達のみだ。鬼門を開いて現れた新入りを、館の主人は改めて歓迎する。

「よおこそ、沙月。我々の世界へ。噂には聞いているわ、貴方のお姉さんとか、エリーとか、魅魔とかからね。どう、気分は。最高かしら? 最低かしら?」

 呼びかけられた六枚羽根の悪魔は幽香らを一瞥すると、そのまま空裂眼刺驚で撃ち殺した。物言わぬ彼女の返事におしゃべり好きな妖怪は不機嫌になる。

「まぁ! ちょっと人間やめたぐらいで調子に乗ってるわねあの子。気に食わないわ」
「そうね、高いところから見下ろして」
「何よりも私より『二枚多い』のが気に入らないわ。嫌味かしらね」

 分身同士で陰口を叩き始める始末。白黒の悪魔はそれすらも許さないとでも言うように視線で薙ぎ払う。

「ガグググゥルグググルウウウウウウウ……」

 野獣のような唸り声が響く。元の知性らしきものはまるで感じ取れない。そんなもの、全て暴力に変換してしまっている。今の彼女は復讐心と闘争本能だけで動いていた。悪魔とは、そうやって災厄を振りまく生き物なのだから。

「戦争ごっこを所望なのね。なら物量戦包囲戦とかどう?」

 幽香が四人、飛びかかる。途中で分裂して八人、十六人と増え、袋叩きにしてやろうと息を巻く。だが沙月の動きは一手も二手も早かった。
 一つ、蹴落としては二つ、頭蓋を叩き割り、三つ四つ、掴んでは衝突させる。残りの半分はそれぞれの翼から放たれた超音波を受けてズタズタに、もう半分は腰から撃ち出された三日月型の真空刃に切り刻まれた。
 圧倒的。ただただ圧倒的。まるで寄せ付けない。
 魔理沙の時一人倒すのに精一杯だった相手を赤子の手を捻るかのごとく、早くも三十三人。妖怪退治の専門家、博麗の巫女でさえこうはいかない。何しろ傷付くどころか汗一つかいていないのだ、この悪魔は。
 それでも幽香は怯まない。中指を立てて挑発することを忘れない。
 沙月は口元を歪ませた後、大きく開いて火炎放射を吐いた。地獄の炎よりも熱い、形あるもの全て熔かさんとする猛火。射線上にある花はいとも容易く蒸発する――かと思われたがしかし、そうはならなかった。
 八角形の開かれた傘が降り注ぐ赤い雨を跳ね除ける。「起きてから二番目の幽香」がここに持ち込んだ傘である。それを何番目か知らないが拾って盾にした。滴り落ちる炎が地を焼くが、花々は無傷。悠然と咲く。

「これは幻想郷で唯一枯れない花なの。ボムバリアが貴方達悪魔の特権だと思って?」

 幽香は傘をくるっと一回転させた後、閉じて、敵対者へと向ける。

「そしてこれが本当の、『マスタースパーク』よ」

 傘を銃身にして、魔力の弾丸を撃った。その出力は概ね生身での全力の三倍。空間が捻じ切れる程である。その反動から周りにいた他の幽香全員が消し飛んだ。
 沙月は慌てた素振りを見せずにボムバリアを展開する。だが彼女は知らなかった。バリア同士がぶつかると、中和されて効力を失うことに。
 突出する暴力は防壁を殴り抜け、その向こう側にいた者を捻り潰した。その弊害として夢幻館全階層をもぶち抜いてしまい、仰向けば最上階の天井が見えるようになってしまった。幽香はやれやれと溜息を吐く。

「やっぱり強すぎる。だからお遊びには使いたくなかったのだけど……アレね、本気にさせたな」

 その表情から余裕らしい余裕は消えていた。しかしどことなく嬉しそうである。久々に遊び甲斐のある相手の出現に血沸き肉躍る。
 自分の技を強すぎると自賛しておきながら、それでも仕留めきれていないことには気付いていた。あれだけの禍々しい気、隠せるものでもない。以前としてプレッシャーを放つ親愛なる敵が再度姿を見せるのを、幽香は今か今かと待っていた。
 マスタースパークの通り道、歪んだ空間に亀裂が走る。ボロボロ切れ目から破片が零れていく。それと一緒に何かの腕が這い出た。続いてもう一本露わにして、両腕を使って全身を引き出す。
 ほぼ、あの沙月であった。ほぼと言うからには若干の差異が見られる。そいつは翼が二枚、全て真っ黒だった。
 ぽっかり空いた空間の隙間からもう一人、沙月が出てくる。今度のは翼が二枚、全て真っ白だった。ちょうど白黒の悪魔が二つに分かれた、という感じだ。正確には三体、最初に分かれた片方を盾にしている間に逃れ、さらに二つに分裂したのである。

「巫女さんのワープに私のクローンニング……成程、そういう能力……ふざけた能力だこと」

 ラーニング。青魔道士、あるいは物真似師。他者の技を盗んで使う。それが個人の存在意義に関わる特有の能力であっても取り込んでしまう。沙月はそういう悪魔だった。その反則じみた存在には幽香もやれやれと呆れるばかり。
 他者に恋焦がれるあまり自己と同質化してしまう、そういう欲深い存在だ。その上取り込んだ能力をオリジナルに向けて突き付けるのだから罪深い。まさに悪魔の所業。
 ただでさえ桁違いの強さを誇る沙月が二人に増えて、残り一人の幽香に襲い掛かる。すんでのところで傘のボムバリアが間に合った――ものの少しの時間稼ぎにしかならない。白い沙月と黒い沙月は手を合わせ、ボムバリアを展開、中和して傘を引き裂く。こうなっては一溜まりもないが、その間に幽香は分裂を繰り返していた。
 倍々で増えていく身代わりをその倍のペースで滅ぼしていく白黒コンビ。これではすぐに追いつかれてしまうのが目に見えていた。幽香は考える、打開策を。
 ズタボロになった愛用の傘だが、まだ使えないこともない。このまま惹き付けて、一発お見舞いしてやる。
 ふと幽香は自分が戦闘中頭を動かしていることに驚きとある種のおかしさを感じた。新鮮でもある。とにかく変化のない、眠るだけの毎日に飽き飽きしていた彼女には。
 これなら当たるだろうというタイミングを狙ってマスタースパークをぶっ放す。最大出力は見込めないので同時に分身からも撃たせて火力を底上げする、いわばダブルスパークである。
 確実に一人分は殺れる、その自信はあった。しかしそれでもなお、白い沙月のみならずターゲットの黒い沙月にさえ超反応で避けられてしまう。
 受け止めるなどという馬鹿な真似はもうしない。それこそ学習しているのだ。白い方が回り込んで傘持ちの幽香を先に潰し、他の分身達に回収される前に今度こそ、黒い方は幻想郷で唯一枯れない花を散らすに至った。

「化物め……ん? 今、私、化物と言ったか? 化物の私がか? 一抹の恐怖を? うふふふふ、愉快痛快だわ!」

 紙屑同然に千切り捨てられていく自分達を眺めながら、幽香の一人は喉を震わせ笑った。当然その個体も次の瞬間には心臓をくり抜かれて地面に落下している。

「本気の本気でも終わらせられない、最悪すぎて最高よ」

 闘争こそが唯一の娯楽、であるからして中々決着を付けたくない。勿論いつかは勝って終わらせるつもりだが、やっぱり楽しいから時間を掛けたい。
 だから幽香は手加減を覚えた。自分より強い相手などそう現れてはくれないからだ。けれどそれは妥協。理想は全身全霊で戦っても遊びとして成立すること。その方が楽しいに決まっている――
 どうやったらあんな非常識な、存在そのものがペテンな化物に勝てる? 考える。このまますぐに負けて終わりたくないから考える。戦いは楽しい、だから。
 また、そういう思考を巡らしても良い、許容される、それ自体が幽香には嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
 至る所に分身を生み、何十倍もの兵力による物量戦を仕掛ける。けれど個の力で完全に押し切られている。ぶちまけられるのは緑混じりの赤ばかり。悪魔はもうボムバリアや分裂を使う必要すらなかった。
 沙月はただ憂さ晴らしに暴れているだけだ。幽香のような戦闘狂と化す道もあったが、すでに自ら絶ち切った。今の彼女は何もかも否定せねば気が済まない。自己も他者も世界も全て。
 なくしてしまえ。
 突如黒翼の悪魔が白翼をもぎ取った。自分自身を痛めつける行為に、さしもの幽香も唖然とする。
 無翼となった方は悲鳴を上げながら光の粒子と化して、やがてボムバリアそのものとなる。一方有翼の方は千切った翼を吸収し、元の白黒に戻っていた。
 沙月は八卦を模した光の筒に右掌を合わせる。今からあのマスタースパークを撃つと言わんばかりに。

「ファイナルスパーク……ゲームオーバー、か」

 放たれた魔砲は全てを無に帰した。何十何百もの花を、ただの一つも残さずに。夢幻館自体、初めから建っていなかったかのように。
 無限に広がる闇の中、そこに少女が一人だけ、いた。
 初めて彼女は望みを叶えた。それが嬉しかったのか、悲しかったのか――涙が零れた。
 ボロボロと。ダラダラと。オンオン唸り声を上げて。泣いて泣いて、ひたすらに泣いた。
 泣き疲れて眠るまで。その間も彼女は一人きりだった。



【次回予告】

悪魔として目覚めた魔理沙は眠りに就いた。全ては仕組まれていたこと。
そして花咲き乱れる箱庭から、飾身【カザミ】の少女は手を伸ばす。夜明けを迎えた新世界へ……
次回 「新約幻想郷:破 ~ Perdition crisis 4」

(次回更新予定は紅楼夢後となります)

新約幻想郷:破 ~ Perdition crisis 2

2013.10.05(Sat) | EDIT

(こちらは東方二次創作小説『新約幻想郷』の第五話です。コミックマーケット84で配布した『新約幻想郷 少女シンセイ』より一部抜粋して加筆しております。前回はこちら



 期待を胸に、扉を叩く。すると勝手に開き始めた。徐々に明らかになる内部。青を基調とした市松模様に包まれた空間に、様式バラバラの調度品が置かれ、最奥にベッドが備えられている。
 魔理沙は息を飲んだ。窓の傍、深緑の長い髪を垂らす、女性の後ろ姿に視線を釘付けにされる。服装はいつもの青白二色の巫女服ではなく淡い桃色の寝巻きのようであったが、記憶の中の魅魔と合致した。
 一歩踏み込んで、また一歩、ゆっくりと近づく。次第に駆け足になる。
 魅魔様! と叫ぼうとしたが感極まって声が出ない。結局、そう呼びかけることはなかったのだが。
 そいつが振り向くと、魔理沙の足は止まってしまった。嘘だ。そんなはずじゃなかった。暗転。希望は急速に掻き消されていく。

「あなた……だれ……?」

 顔が違う。

「誰? は私の台詞よ」

 声が違う。

「魅魔様は……魅魔様は……?」

 確かに同じ匂いがするのに。どうして。どうして目の前の相手は魅魔様じゃない?

「魅魔様はどこだ! 教えろ!」

 戸惑いは怒りへと変わる。

「あぁ、貴方魅魔の知り合いなのね。ははーん……」

 対して笑みを振りまく少女。そんな様子が魔理沙の心を一層逆撫でする。

「お前……魅魔様をどうした。答えろ。今すぐに!」
「魅魔なら殺しちゃった」
「えっ?」
「魅魔は死んだわ。私のせいで。はいどうぞ」

 ガタン。部屋の隅にある箪笥が独りでに引き出しを開き、中から飛び出した一着の服がひらひら宙を舞い、魔理沙の目の前にポトンと落ちた。
 ボロボロで、真っ白な生地に血痕と思しき黒ずんだ斑点が目立つ。まごうことなき魅魔の巫女服だった。
 信じられない。信じたくない。けれども眼前に着きつけられる残酷な現実。
 魔理沙はその場に崩れた。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 求め続けてきたものは幻想だった。何の為に生き続けてきたのかわからなくなった。この哀れな少女にはもう何もない。希望も、幸福も、存在意義さえ。全て涙となって流れ尽くしてしまう。
 けれども、まだ、動く。立ち上がる。怨恨に突き動かされて――撃った。
 弾丸はただの魔力の塊だった。魔力、というよりこの場合は呪詛と言った方が正しいだろう。口から吐かれたそれは相手に向かって直進する。しかし手で受け止められて四散した。

「ふぅん、貴方もつまらない人生を送るくらいなら死んだ方がマシって人類?」

 殺気を肌で感じ取り、少女は目線を細める。

「なんで殺した」

 空っぽになった器に憎しみを注ぎ込んで、ようやく魔理沙は問うことができた。

「なんでかしらね、ふふっ」

 ズレた帽子の位置を直しながら、少女はニタニタ笑うばかりである。意図的に魔理沙の激昂を煽っているようにも見えた。

「まぁ命の取り合いはお遊びだしね。私にとっては……いや、多分貴方にとっても」
「お前……お前……お前えええええええええええええ!」

 原始的な暴力に訴えんと腕を振り上げひた走る魔理沙。それを見てもネグリジェの少女は余裕を崩さない。
 互いの距離が一メートルまで縮まったところで彼女が床をタンと踏み鳴らせば、そこから竜巻が発生して魔理沙の小さな体を弾き飛ばし、入り口付近の壁に叩き付けた。
 不思議なことに風には大量の花びらが付随し、ひらひら優雅に舞っていた。季節外れの桜吹雪の中、一本の樹木はたおやかにお辞儀して言う。

「自己紹介がまだだったわね。私はこの館の主人の幽香。よろしく❤」
「幽香……お前も、なくしてやる、必ず!」
「あら、貴方も遊んでくれるのね。嬉しいわ。まずは」

 幽香は先程弾を受け止めた方の手をかざし、もう片方の腕を使って体に垂直に固定した。掌に光、いや光として視認されるほどの魔力をかき集め、

「お返しの一発」

 放った。
 それは極太のレーザーのようだった。実際にはレーザー等ではない、ただ魔力の塊をぶつけるだけの、云わば物理攻撃にすぎない。先程魔理沙が無意識のうちにやったように。しかし、あまりにも規模が違いすぎた。
 圧倒的な暴力の奔流は部屋の壁の大半をぶち抜き、そのまま廊下を直進し、曲がり角のところにある部屋をぶっ飛ばし、外壁に穴を開ける。その間、約二秒。
 間一髪、部屋の隅に駆け寄って事なきを得た魔理沙だが、すぐ傍にぽっかりと空いた空洞を横目に見ては生きた心地がしなかった。格が違いすぎる。増大する恐怖。すっかり頭に昇っていた血もさっと引いていく。

「うーんおかしい、寝起きだから? イマイチ火力出ない。まぁいいか、一発で終わったら面白くないものね」

 ところが当の本人はこの余裕である。その上で魔理沙を挑発する。

「あらまぁ、怯えちゃって。さっきまでの威勢は? まだ遊べる? ねぇねぇ」
「……しまえ」
「何よ」
「消えてしまえ。この胸の苦しみも、お前も……何もかも消し去ってしまえ」

 魔理沙は幽香に向かって呪詛を吐きながら手榴弾を投げつける。だがまたも突風が吹いて薙ぎ払われ、明後日の方向に爆発。幽香は汗一つかかない。
 もう一投。懲りないなと肩を竦め、同様に弾き飛ばす幽香。しかし今度は見た目こそパイナップルでも中身は違った。魔法で書き換えていた。先程のは油断を誘う捨て駒で、本命はこちらである。
 閃光弾。見える範囲ならどこで炸裂しても効果に変わりはない。幽香の目が一瞬眩む。その隙に魔理沙は後方にも手榴弾を投げた。今度は普通の爆弾のまま。床が崩れ、逃げ道を築く。

「あらま、貴方が消えてどうするのよ」

 視界が戻った時にはすでに魔理沙の姿はなかった。下の階へ降りたのは明白である。幽香は少し不満げに口を尖らせるが、すぐに二本の指で引き延ばして笑顔を作ってみせた。

「まぁ、鬼ごっこも、弱い者苛めも嫌いじゃないし」

 まったりとした動作で獲物を追う。まだ丑三つ刻にも少し早い。



 そびえる時計塔から横方向に噴火するのを、番人は中庭で目撃した。それで開戦の火蓋が切って落とされたことを知る。

「あらま、大丈夫かしら」

 エリーは心配した。自らの主人ではなく、と相対する者に。正確には密かに企てている計画の進行を。ここで死なれては支障をきたす。それだけのことだ。

「多分あの子の方で、それでも、いやそれなら……」

 そこで花を摘む作業を続けながら、エリーは考え込む。用意した乗り物が回収されたのは確認した。空間の裂け目に飛び込んだ気配もある。誘導は完璧。ここまでは悪魔のシナリオにも死神のシナリオにも沿っていた。

「さてと。問題はここからね……」

 上を見上げてエリーは腕を組む。その周りにどこからともなく眩い光の塊が二つ、ふわふわと漂い近づいた。おおよそ幽霊の類である。そのうちの一つにエリーは囁いた。

「胡桃、当主様のバックアップよろしく」

 命を受けた人魂はするすると天へ昇っていき――途中でプツッと途絶えた。幽霊を扱うのは死神の仕事の一つであり、空間を操るのはエリーの能力の一つであった。
 もう一つを鷲掴みにすると、彼女の足元も崩れていく。自らを異界へと飲み込ませていく。その途中、摘んだ花を手放した。それはまた別の場所へ届けられるのだろう。
 死神が出現した先、そこはおびただしい数の人形の死骸が散乱する地獄だった。その中心に鬼がいる。血の色よりも鮮烈な赤い袴を乱し、一心不乱に罪人を踏み潰し続ける――そんな鬼がいた。

「おや、これはこれは門番様」
「貴方も遊びに来ましたか、お人形遊び。悪魔のお人形さん」
「マエリベリー様。幻想郷のお人形さん」

 エリーの存在に気付いた人形達は、次々と挨拶をしては頭蓋を叩き潰される。

「生憎私はお前達と踊ることはないよ、アリス」

 ついに人形劇に幕は下り、舞台の上は二人だけになった。エリーと靈夢の、二人だけに。
 もっとも靈夢はもう、「靈夢」ではなくなっていた。目の前の妖怪を殺すためだけに動く装置、いや現象と言うべきか。対象が一つ残っていることを察知し、すぐさま襲い掛かる。

「あっ! あんたは死神エリー! どうして、倒したはずなのに何故! と驚きもしないのね」

 撃ち出された針山を瞬間移動でかわし、靈夢の背後を取って蹴り飛ばす。さらに人形の残骸を纏わり付かせて反撃を封じた。

「こっちの方はどうなってるかなと来たらまぁ……」

 囚われた靈夢も瞬きするより早く抜け出す。空間転移の使い手同士の戦い、それは雲を掴むようなものだ。しかし経験値に差がある。その点エリーの方が一枚上手だった。
 魔理沙との戦いでも、本気を出せば詰みを回避することだってできた。その前の靈夢との一戦でも致命傷は避けている。結局のところ、勝ち負けなどこの死神の都合次第なのである。現在は。
 エリーは知っている。侵入者二人に秘められた力を。それを引き出すのが彼女の計画。だがそうなってしまっては自分の手には負えない。だから今、ここに来ている。

「向こうは眠ったまま、でこちらはただ使われてるだけね。博麗に。まぁ仕方ないか、子供には荷が重すぎる」

 暴走状態の靈夢を睨んで、エリーは唇を噛んだ。
 無数の御札がエリーを取り囲む。さながら結界のように。少しでも動いたなら当たる、という寸法だ。それに靈夢の周りも護符が罠のように張り巡らされていた。

「児戯だわ」

 ところがエリーには通じない。彼女は札に当たろうとなりふり変わらず前に出る。正確に言えば当たっているように見えてすり抜けている。当たっていない。流石の靈夢も少し驚いたようなそぶりを見せた。
 あっという間に縮まった距離。エリーは先程魂魄を掴んだ方の腕を突き出し、靈夢の腹を貫く。引き抜く。不思議なことに外傷は全く見当たらない。だがエリーの一撃は確実に靈夢に決まっていた。その証拠に靈夢は腹を押さえてうずくまる。激痛に身をよじらせる。

「目には目を、歯には歯を、呪いには呪いを。なじむまで少し時間がかかるでしょうが、これで少しは抑制が効くでしょう」

 血を吐き倒れる少女を見下して、エリーは呟く。

「貴方はただの餌。一応命に保険をかけておくけど、別に貴方の為じゃない。全てはそう、幽香ちゃんの為……」

 その眼差しは冷酷そのもの。だが一瞬だけ、言葉とは裏腹に憐憫を含んだ。

「自らの手で掬わなければ、大切な人を救えないよ」

 そう言い捨てて、エリーはまた姿を消した。



「鬼さーんこーちら、手の鳴る方へ……あれ? 追いかけられる方だっけ」

 暢気に歌でも歌いながら、妖怪はふわりふわりとステップを踏む。

「出て来なさいな。じっくりたっぷり拷問してあげるから」

 幽香の表情は新しい玩具を買ってもらってはしゃぐ子供そのものである。もっともその玩具を壊す気満々なのだから性質が悪い。
 獲物らしき姿を見つけては、魔力の塊を大砲に詰めてぶっ放す。最初の一撃と比べると出力をセーブしていたが、それでも魔力そのものを大量に、何発も放出する気前の良さ、底知れなさは常軌を逸していた。

「鬼さんはこちらよ。さぁさぁ退治し放題よ」

 手を叩いて鬼は挑発する。かかってこいと。
 対して魔理沙は逃げまどい、隠れ潜むのがやっと。バクバクと心臓は悲鳴を上げている。汗もだくだく。外からも内からも迫りくる絶望を必死で抑えようとしていた。

「ちくしょう……許さない……あいつだけは絶対に……」

 殺してやる。今の魔理沙を突き動かすもの、それは復讐心のみに他ならない。
 「仇を取る」ただそれだけに思考が最適化されていく。それは実力差も考えず殴りかかるということではない。実際やってしまったが、その時は明らかに錯乱していた、と気付くほどには魔理沙は冷静になっていた。館をぶち抜いた幽香の一発が彼女の目を覚まさせたのかもしれない。
 相手は自分よりも圧倒的に強い。湖の吸血鬼も確かに強敵だったが、あの幽香は完全に規格外。今すぐ殺してやりたいができるはずもない。そこは揺るがない事実と魔理沙は認める。認めた上でどうするかだ。
 付け入る隙はある。あると思いたい。いや、確実にあるはずだ。相手は完全に舐めきっている、その証拠に安易な閃光弾のトラップに引っかかった。今も無暗やたらと撃ちまくっているだけ――魔理沙は考える。どうすればあんな化物に勝てるのか、ただその一点のみを。
 火力には歴然とした差がある。だが耐久力は案外低いのではないか。そうでなければ手榴弾を風で弾いて避ける必要がない。動きも緩慢。相手が己の力を過信している内に致命傷を与えられれば――
 しかし考えても考えても勝算は低く思われた。植え付けられた恐怖は消えない。涙も止まらない。
 それでもこのまま逃げているわけにはいかないのだ。だから怒りで恐怖を塗り潰していく。怒りを知性でコントロールする。
 右手に握りしめた手を開くと、そこには布切れがあった。愛する人の形見の一部。他の部分はあの妖怪に消し飛ばされてしまった。愛用の帽子、それもかつて魅魔からもらったもの、もだ。だからその代わりにこれをバンダナのように額に巻きつける。

「魅魔様、私に勇気をください」

 その勇気とは蛮勇に過ぎないことにはついに気付かず、魔理沙は建物の角から飛び出した。

「来いよ、鬼!」
「みーつーけた。はい瞬殺」

 幽香は嬉々として掌をかざし、莫大な魔力を撃ち出す。
 穴二つ。もう一つは魔理沙で爆弾で天井に開けた穴だ。そうやって下階に回避する。幽香も外したことを確認して、魔理沙の作った穴を通じて追ってくる。
 誘導して罠にかける。基本的な戦術が故に効果的。
 降り立った瞬間、幽香の足元に手榴弾が転がる。しかし慌てる様子もなくそれを壁に蹴飛ばした。
 もっとも魔理沙の策はここから始まる。爆発は辺りそこらじゅう仕掛けられた地雷への誘爆を引き起こす。それでも幽香は汗一つかかず、爆風をすり抜けていく。魔理沙の背中を見据えて。

「悪戯レベルね」

 幽香は右手をかざす。一直線上に並んで、魔理沙は追い詰められた……かのように見えた。むしろ追い詰めた気でいたのは魔理沙の方だった。連爆で相手の動きを制限し、確実に一発を決める、それが彼女の策。
 箒の機動力を活かしたインメルマンターンを決め、向かい合う。その勢いで左手に携えたバトン、妖怪のバトンを魔法で瞬時に伸ばす、幽香の心臓を貫こうと。不意を取られて急ぎ風の壁で防御しようとするが間に合わない。急所こそ外れたがしっかり体に突き刺さった。
 駄目押しのもう一発として、魔理沙はバトンを掴んだまま箒から降り、そいつを幽香にぶつけようとする。しかし不意を突けたのはさっきの一回のみでこれは止められた。

「この程度、痛くも痒くもないのよ?」

 幽香は棒を掴んで逆に魔理沙を振り回し、弾き飛ばす。それから引き抜いて、魔法で復元した。

「これ、元は妖怪の類ね? 良い物を拾ったわ」
「あぁ……『良い物を拾った』な」

 壁にぶつかって倒れた魔理沙だが頭だけ上げて、不敵な笑みを見せた。幽香はすぐに異常に気付く。

「仕込んだわね」
「死ね」

 惚けたふりをしてきた幽香が初めて真顔になったその時――爆発した。
 エリー戦でやったことと大差ない。バトンの先に爆弾を括り付けていたのである。幽香の体を貫通した時に外れて体内に入るように。ただ投げたところで例の花吹雪に弾かれるなら直接届けてやればいい、というわけだ。
 ただあの時と違って、魔理沙に容赦がなかった。ありったけの弾薬を爆炎の中心目掛けて投げつける。一発当てただけで死ぬものか、たとえそうでも何度も殺すぐらいの痛みを与えなければ気が済まないと。
 残弾数ゼロ。魔理沙の眼前にはもう何もなくなっていた。

「やった?」

 あの憎らしいほどの笑顔は見えない。

「やった?」

 あの人を小馬鹿にした嬌声は聞こえない。

「やった……」

 魔理沙は手に付着した自分以外の血を舐め取る。

「やった! やってやった! 取った! 仇を取ったんだ! 魅魔様! 魅魔様……魅魔様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 昂揚する。興奮する。魔理沙は歓喜の声を上げる。母の仇を取った。憎き敵を討った。あまりにもあっさりとした決着だったが、案ずるより産むが易しと納得もできた。
 それから遅れて、虚無感がやって来た。
 敵討ちを果たしたからと言ってどうなる、魅魔様はもういないのに――魔理沙の心は今度こそ空になっていく。最後に残った憎しみさえ、流れ出て行ってしまったのだから。
 いや、まだだ。魔理沙は思い出した。もう一人の家族の存在を。妹を。靈夢を。

「あいつを、連れて帰らなきゃ」

 魔理沙は立ち上がって、ふらふら歩き始めた。靈夢の名前をかすれた声で呼びながら。今にもまた倒れてしまいそうな足取りで。
 しかし靈夢を見つけたところで魅魔の死をどう伝えればいいのか、そのことを考えれば魔理沙の鬱気が増す。それに――

「帰って、どうするんだ……」

 靈夢と一緒にあの家に帰ってきたところで、もう自分は一生幸せになれない、そう自身の未来を規定してしまっていた。



 ゴーンと鐘が鳴り響く。時計の針は二時を指し示した。
 呆然自失として彷徨っていた魔理沙は、その鈍い音で我に返る。すると目の前に夢幻館の玄関扉が映っていた。広く開けた正面ホール。ここを後にすれば、その先はもう、よく知る第二諏訪湖である。
 魔理沙はしまった行きすぎた、と言わんばかりに振り向いたなら――驚愕し、震えた。
 まるで肝試しで化かされた子供のように、いや全くその通りだろう。そこにいるはずのない人物が、彼女流に言えば「いてはいけない存在」が、ようやく気付いてくれたのねと言いたげにほくそ笑んでいるではないか。

「嘘……嘘よ……なんで……」
「なんで? 殺したはずなのに? この手で確かに?」

 相手は魔理沙の声真似をして、彼女が思っていることを口にした。
 その顔を覚えている。その声を覚えている。その人を小馬鹿にしたような態度も当然。服装は赤いチェックの上着にお揃いのズボン、と記憶と食い違っていたが――確かにそいつは、幽香に見えた。

「なんで、お前……!」
「死んだわよ。『一人』は。ちょっと甘く見てたわ」

 幽香は手に持った日傘を開き、肩に乗せてくるくると回す。彼女的には天晴と言いたいらしかった。

「おめでとう。貴方を私の好敵手と認識するわ。流石私を『百人』殺した者の弟子だけはあるわね」

 傘を放り投げる。次の瞬間には魔理沙の右腕を掴んでいた。十メートルは離れていたはずだったのに。彼女が何かするよりも早く――幽香はそれをもぎ取った。

「それじゃあちょいとだけ本気を出して、まずは一本。だって、『一回は一回』でしょ?」
「ひっ、あっ、あう……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 自分の体から鮮血が吹き出すのを見て、魔理沙はようやく気付いた。今までは茶番に過ぎなかったことを。自分がこの妖怪に勝てるはずもなかったことを。
 そうすると一瞬で膨れ上がる、恐怖が。けれどそれは、一旦激痛が忘れさせてくれた。

「痛い痛いイタイイイイイイイよおおおおおおおおおお」
「大丈夫安心して、曼荼羅華の毒を流し込んでおいたからすぐに痛く無くなるわよ。チドメグサも欲しかったら言ってね。どうしてって? そりゃ痛がってたら遊べないじゃないの」

 失くした腕をまだある手で押さえ、うずくまる魔理沙。奪った腕をぶら下げて見下す幽香。非情なほどに世の中は弱肉強食なのである。その上ここでは生きる為に必要な「捕食」ではなく、あくまでただの「嗜虐」でしかなかった。

「さぁ立ち上がりなさい。まだ腕を一本取られただけでしょう? さぁ早く、次の手を、さぁ!」

 幽香は煽り立てるも魔理沙は立てない。先程言った通り痛みは引いてきた。そうなれば思い出される。恐怖。ただひたすらに恐怖を。

「やだ……やだよぅ……たすけてみまさまぁ……」

 何もかもが無駄だった。自分にはもう何もない、何もできない。絶望が、魔理沙の戦意を殺してしまった。恐怖が、魔理沙を殺していく。
 一度は好敵手と認めた相手のそんな様子に、幽香は少し苛立ちを覚える。思わず舌打ちしてまう。

「ああそう。これ以上の愉しみは望めないってことね」

 哀れ少女は夜食に格下げになった。幽香は豪快に肉に齧り付く。下品な音を立てては貪る。
 自分の一部を食われる光景に一層人間は恐怖し、妖怪はその恐怖をも喰らうのであった。

「さて、最後に種明かしをしておきましょうか。何故死んだはずの私がここにいるか……」

 パンパンと幽香は手を叩く。すると、体が真っ二つに裂けた。上半身は後ろに倒れ、さらに右と左に分かれた。下半身は右と左に分かれ、前に倒れた。
 四分割された肉片。その各断面に植物の芽が無数に生え出した。それらは急速に成長し、幹を伸ばす。複雑に絡み合う。そして新たな肉を作る、いや失われた部分を再生させるといった方が正しい。結果、四つの肉片は四人の幽香になった。
 分裂。それこそがこの妖怪の、最大にして最恐の武器。
 さらに各幽香の背中から、四枚の羽根が生える。羽根等なくても飛べるのだが、そこは彼女の美学である。肉を啄む時は鳥のように自由でありたいという。
 一人は食べかけを拾って食事を再開する。残りの三人は順に浮かび上がり、贄を取り囲んで、

「怯えなさい」
「竦みなさい」
「己が力を生かせぬまま、ゆっくり死んでいきなさい」

 嘴を突き下ろした。



【次回予告】

最強の妖怪を前に靈夢もまた倒れた。魔理沙の希望が潰えた時、ついに悪魔が目覚める。
白黒六枚の羽根をはためかせ彼女は飛び立つ。何もかも無に帰そうと。
次回 「新約幻想郷:破 ~ Perdition crisis 3

(次回更新予定は10/11です)

プロフィール

Author:宇佐城
同人サークル「月宇佐城」代表
たまに漫画やSSを書いてます
よろしくお願いします


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